宝温泉という山の温泉宿の子供、小夜(さよ)をめぐる連作短篇集。人間と山の精との間に生まれた小夜と、山の風になった母さんを始め、山の生き物たちとが心を通わせる姿が、あたたかな作家の眼差しで描かれています。もの寂しい気配を帯びた話もあったけれど、全体の雰囲気はふっくりとして、あたたかいものでした。山の香りがふわりと運ばれてくるみたいな、優しい物語の心地よさ。静かにすきとおってゆく、透明な美しさ。素敵だったな。
「花豆の煮えるまで」「風になって」「湯の花」「紅葉(もみじ)の頃」「小夜と鬼の子」「大きな朴(ほう)の木」の六つの話。冒頭、話が滑り出してゆく軽やかな飛翔に魅せられた「風になって」。檜(ひのき)のお風呂の木の香りと、「湯の花音頭(おんど)」の歌とが、絶妙なさじ加減で溶け合っていた「湯の花」。このふたつの話が、とりわけ心にしみる話でした。
1986年初出の「小夜と鬼の子」以外はすべて、1991年〜1992年にかけて掲載、あるいは執筆されたもの。1993年(平成5年)に亡くなった安房直子の、最後のほうに位置する作品と言っていいでしょうか。おしまいの「大きな朴の木」などは、これからまだ話がつづくはずだったのに・・・みたいな、中途で終わってしまっている印象を受けたんですけどね。作家のひそやかなつぶやきのようにも思えたラスト四行の余韻。しんみりとしてしまいました。