ストーリーは、一言で言えばダブル不倫の話である。妻が隣人の夫と不倫している事に気づいた新聞記者(トニー・レオン)が、その隣人の妻と互いに惹かれあっていく・・・・・・決して目新しいものではない。
しかし、演出は技巧に富んでいて素晴らしい。主人公の妻とその不倫相手は、会話を通して語られるだけで映像には登場せず、彼らの関係も観客の想像力に多くの部分がゆだねられている。この仄めかしが、家衛らしく夜、及び室内のシーンで主に構成された濃密で美しい映像と相俟って官能的でいて格調の高い空気を作り出し、不倫の話にありがちな低俗さや過度の感傷からこの映画を隔て、一段階高次の芸術作品へと引き上げている。
そして、なにより赤を基調とした美しい映像と、素晴らしい音楽、60年代の香港のクラシカルな雰囲気に酔わされる映画である。これこそ映画の醍醐味ではないか。その意味で、この映画は第一級の娯楽作品ということもできる。
やや消化不良の観があるエンディングも続編に当たる「2046」を観ることで治癒されるものだ。両者はあわせて鑑賞されるべきものだろう。そうすることによって、より家衛が描こうとした視点が明らかになり、「中年男の遍歴及び回顧」の物語としてのこの映画の本質が浮かび上がってくる。
この映画を単独で評価の対象とすれば、良くできた、美しい、しかし若干小ぶりな作品、という形容が当てはまるだろう。これに対して、四年も後に発表された「2046」と併せて観ることも許されるなら、家衛のレトロスペクト・前編として、より高い評価が妥当する。