ヴァンパイア(吸血鬼)の貴公子アハロンは、典型的な「草食系男子」。人間が大好きで心優しい彼は、主食である人間の血が飲めない気弱な青年。彼の住む「月光城」に、地元の人間の村から、元気一杯の今風お嬢様アデルが、眠らされたまま「生贄の花嫁」として送り込まれた。そんな自分の運命にまったく納得できないアデルは、パシパシとヴァンパイアの貴公子をやっつけてしまう。このコミカルな大騒動の中で二人の間に淡い恋が芽生えるのだが、後半の展開が素晴らしい。月光城は、中の人間を逃がさないように、「時間を進めさせない」特殊な塀で囲まれている。アデルが塀を越えて飛び降りても、いつも眼前に見出すのは、塀の手前にたたずむ自分。時間が進まないから、運動や変化はつねに前に戻ってしまう。一方、城の中には、さまざまな妖怪や霊魂が囚われており、「時間を巻き戻す」魔術を使う者もいた。アデルは善い霊魂と協力して悪い妖怪と戦い、互いに「時間の魔術」を駆使しつつ死力を尽くした結果、妖怪は敗北し、城の閉鎖は解かれる。手に汗を握るこの戦いは見事だが、ヴァンパイア青年の台詞も素晴らしい。「僕は、限られた時間の生を精一杯生き抜いている人間が羨ましい。ヴァンパイアの生は永遠に近いけれど、それはただ<死んでいない>だけの状態だ。僕は、憧れを込めて人間のそばにいたい」(p198)。有限の時間を精一杯生きる人間が本当の主人公ともいえる、後味の良い物語。