なかなか当時に生きていた様な感覚を与えてくれる優れた作品だと思う。思い切った冒険小説といったところか。
しかし、豪商といえば悪徳商人のイメージで、鴻池家や北風家を悪く描きすぎていないだろうか。特に北風家については司馬遼太郎の『菜の花の沖』でも取り上げられた様に、公共に尽くした兵庫の本家が有名で、本書で取り上げられた伏見の北風家は分家筋に当たる。鴻池家が伊丹の元々の本家と大坂の分家に分かれていた様に、北風家も海運業の主要拠点に分立していたのである。作中の北風荘次郎は、豊臣秀吉が作った秘密施設を利用して、悪事の限りを尽くし、最後は南蛮に逃げるとのオチがついている。しかし、今でも生活している北風家の子孫の存在はどう説明されるのだろうか?
また、本書で、伏見の北風を騙して舟遊びをするように描かれている与謝蕪村の最大のパトロンが兵庫の北風荘右衛門であるのだが・・・。