わたしがアリア集のCDを聴き始めた頃、ママは「日曜の朝からオペラのアリアなんか
かけないでちょうだい。胸が苦しくなって、なんにも出来なくなるから」とよく言った。
「あなたが平気でそんな音楽を聴けるのは歌詞の意味がまだ分かっていないから
かしら、それとも感じ方が違うからかしら」とも言った。
ママは全然オペラのファンじゃなかったけど、歌詞もストーリーもよく知っている。
このCDはネトレプコさんの声が好きなので買った。一枚目のCDと全然違う!!
なにがって、選曲です。一枚目のCDはポピュラーなアリアばかりで誰でも「ああ聴
いたことがある」とニッコリできる選曲でした。これは違う。薄命のヴィオレッタ
が精一杯の光輝を放って歌うセンプレ・リーベラに始まって、このCDに入っている
アリアが歌われる場面を考えてみてください。
身の潔白を疑われ、恋人の愛情を失った嘆きを歌うアミーナ【トラック4】
恋人に捨てられたと思い半狂乱になり、父親を恋人と間違えるエルヴィラ【トラック6,7,8】
望まぬ結婚の初夜に結婚相手を殺して恋人への想いを歌いながら死ぬルチア。
何の落ち度もない貞淑な妻なのに夫オテロに貞操を疑われ、
今夜夫に殺されるとも知らずベッドに一人入る前にデズデモーナが歌う「柳」そして
アヴェ・マリア【トラック13,14,15】
ドラマチックで重い内容のアリアが続いて最後にネトレプコさんが静かに歌うデズデモーナの
アリアの物凄い寂寥感!今夜、デスデモーナはこの歌を歌ったあと、夫に絞め殺されるんです。
そういう運命の女性のアリアを歌うネトレプコさんの静かで内省的な素晴らしい歌唱。
この歌唱を聴いて胸が苦しくならない人がいるでしょうか。
このCDの最高の聴き所といったら、このアリアです。わたしは。
ここまでまともにこのCDを聴いたら、普通ではいられません。
わたしは晩御飯のまえにこのCDを聴いてしまい、ご飯を食べるときにデズデモーナ
を思い出して涙がポロポロ出ました。ママに「どうかしたの?」と訊かれた。
このCDはそういうCDです。アンコールに明るいメロディのオーミオ・バッビーノ・
カーロを入れて、少し気分を盛り返そうとしていますが、苦しくなった胸は元には
戻りません。
表紙のネトレプコさんは挑むような目つきでこちらを見ています。
「私の芸術にあなたはついてこられるの?」
そう言っています。日曜日の朝に聴ける音楽ではないことは確かです。