この岩波文庫は、松尾芭蕉の代表作の「おくのほそ道」の全文のあとに、その旅に同行した曾良による旅日記と俳諧書留・江戸時代の芭蕉研究家の蓑笠庵梨一による注釈書「奥細道菅菰抄」・芭蕉宿泊地及び天候一覧・おくのほそ道行程図・主要引用書目一覧・発句索引、地名及び人名索引・解説と、本文が七十ページほどなのに比べ、その後に二百ページを超える付録のついた構成になっている。もちろん主役はおくのほそ道本文で、付録を読むことで本文のよさや松尾芭蕉の創意が改めて見えてくる、という効果がある。
本文を読んでいくとすぐに気づくのは文章の流れていく心地よさで、言い過ぎたり言わな過ぎたりすることがなく、和歌の詞書や歌物語の形式をさらに滑らかにして具体的にしながら文の余韻も残しているのが心憎い。蕉風の俳句というもの自身がそんな風情を持っているというのは文学史の著作で読んだことだが、実際に読んでいくとそれが体の感覚でも感じられるようだ。情報としての文章には全くない気持ちよさがあって、こういうのを文芸というのだろう。
内容についてみるとそれは東北の歌枕を巡るという趣向で、古人が立てた表象世界を芭蕉自身が受け取って自らの視点から世界を再制作するという試みが、さまざまな文章を彫琢する努力を続けていたという芭蕉の筆によって最初から最後まで貫かれている。人の生きることのはかなさ・いじましさ、自然の強さと変わらなさ、生きることへの執着と死への畏れ、そんな世界への愛しさ、その文と俳句は短い言葉で読む者を広くて静かな境地へと連れて行く。それは明らかに文芸的創作物で、この作品に対して、当時の真実の東北の姿を捉えていないという批判は、真実とは何かをおくにしてもある意味もっともだと思う。しかしたった今生きている自分たちであっても幾分は自分の見方で世界像を作り上げているのが実際のところで、その世界像のせめぎあいで暮らしが進んでいくのであってみれば、文芸もそのせめぎあいの毎日の中で自らの世界像を示すのは自然のことなのだと思うし、ここで描かれている世界像、その方法としての紀行文及び俳句は相当の深さのあるものだと思う。付録を読むにつけ、一見散文的な旅の中から詩情を濃厚に立ち上らせるさまがしのばれてくる。
一度は通して読んでみるといいのではと思う。