目取真俊「水滴」
ある日、足に水がたまり動けなくなる沖縄の老人の様を描く。
その男の妻、親類などが主な登場人物であるが、実は男にとっての戦争というものに主眼が置かれている。
親類の男が商売で失敗する件などは、ともすれば単なる滑稽話にとられかねない。
しかし、僕が思うに、作者は、この作品以前の戦争と沖縄の描き方に嫌気がさしている。
そして、寓話的とも思える手法によってもう一度真剣に捉えようとしているのである。
花村萬月「ゲルマニウムの夜」
本来、大衆小説の作家と認識されている花村萬月が受賞した点で話題を呼んだ。
受賞作自身も「イグナシオ」という小説の改作のようで、選考委員がまんまと騙されたとの揶揄も聞かれる。
作品自体は、犯罪を犯したであろう少年が修道院に逃げ込み、そこでの性の様がおどろおどろしく描写される。
個人的には、おもしろくもなんともなかった。
藤野千夜「夏の約束」
当人によると、「キャンプ」という題名で用意されていたものを直して発表したものだという。
題名の通り、キャンプに行く約束をしている男と女の物語であるが、当人自身の性問題を反映してか、
ゲイのカップルが主人公であるといっていい。
特筆すべきできごとは何も起きない。彼らの日常が淡々と描かれ、結局キャンプにもいかない。
無劇なのはそれ自体責められるべきことではないが、読み終わった際も、何の感慨もないのは問題であると思う。
何の出来事も起こらなくとも当然いいのだけど、全体通して読者にいかなるテーマを語りかけたかったのか、僕には読み解けなかった。
藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」
地方の温泉旅館で働く男の視点で語られる。
生活が細かく描写されていくが、要するに最後の一行へ向かう長い助走だと思えばいい。
最後へ向かってだんだんスピードアップしていき、そして、最高潮で締めくくられる。
題名は老婆の過去にかかわるのだが、結局のところ、どうしてこれが描きたかったのか不明である。
読物としては案外読ませるのだけど、何を言いたいのか、どうしてこの主題なのかは僕にはわからない。
平野啓一郎「日蝕」
不明である。なぜ、現代を生きる筆者が延々と何の実際性もない、このような物語を書かなければならないのか、全くわからない。
今作の発表で、三島の再来などともてはやされた筆者はその後二作ほど、このような趣の作品を書いたようだが、現在はがらっと作風が変わっている。
なんにしても、不明なのだ。
読解不可能なことを以てして、高級だ、文学的であるなどとされる風潮が僕は嫌いだ。
玄月「蔭の棲みか」
これも筆者の生まれを反映してか、在日朝鮮人の老人の物語。
描写がうまいと感じた。バラックの様、夏の空気感、主人公を訪ねる女、妙に肉感が感じられたのである。
物語全体をつうじて寂しさが流れているようで、僕にはおもしろく読めた。
敢えて順序をつけるとすると、目取真俊、玄月、花村萬月、藤沢周、藤野千夜、平野啓一郎であった。