叙述ミステリの真髄にも通じる「語り(騙り)の芸術」落語。
この著者の落語愛と噺への洞察、目配りは半端ではないと感心しました。『道具屋殺人事件』につぐ第二作です。
タイトルの『芝浜』は、運良く財布を拾った男が、女房の機転でそれを夢だと思い込まされ、心を入れ替えて商売に励むという噺ですが、財布の拾いかたについて、流派によっての食い違いとか、女房の言葉をすぐ信じ込む理由の説得性とか、いわば落語の扱う「物語」自体への鋭い分析、編集が、メインテーマとも言えるミステリです。
落語の演じ方という謎を核にし、それと連動するように、日常のこまごまとした事件を、ヒロインとその夫の噺家、さらに安楽椅子探偵ともいえる、脳血栓の後遺症が残る名人の師匠が、席亭や落語会を舞台に解いていきます。
今回、人死にはありません。
登場人物達のかなでる物語と、その中でかなでられる噺、という入れ子構造で、ずっしりした読後感があります。
落語の描く人間のドラマ、そしてそれを演じる落語家たちのドラマです。
そして、この道に賭けた名人たちの心意気とその高座ぶりがみごとです。
安手の感傷ではありませんが、今回は愛弟子のために、不自由な身を押して高座にのぼる師匠が、はたしていかなる口演をするのか。感動のクライマックスです。