「色町」といっても、いわゆる官許の「吉原」ではなく、
もっと敷居の低い、庶民の「色町」のはなし。
現代の、大きな声では語られない「性」が、
現代の、夜中でも明るく照らされている「闇」が
江戸時代には、今よりずっとずっと濃密に「在った」んだ、
ということが、アタマではなく、意識の中にはいってくるように
語られています。
「性」は現代より、もっと重く、なのに、明るく、ストレート。
避妊や堕胎の技術レベルが低いのだから、妊娠や出産は
まさに命のやりとり。
だけど、江戸時代の人々は、自分の気持ちに正直で、
「やりたい」から「やる」。重いはずのことが重くならない。
寿命が短いせいなのか、「今」が大事。
「闇」は、夜中でも街灯が一晩中明るいような現代では
考えられないほどの暗さだったのでは。
その闇の中のほのかな灯りに出来る影。
その濃い闇の中には、本当に居たのかもしれない物の怪。
人と、そうでないモノとの境目が在るのか無いのか。
江戸時代の、江戸の人たちの、暗い暗い濃い闇の中の、
物の怪か?人か?が織りなす世界に、
この先どうなるのか、と気になるような巧みなストーリーで
誘われます。
また、江戸時代の風俗に詳しくなくとも、くどくならないほどの説明が入り、
時代小説を読み慣れている人でも「なるほど〜」と思うことがあるのでは。
萬女蔵、という憎めないキャラクターが全編にわたり登場しますが、
そのつかみどころのない男がどういう人間なのか、
いや、人ではないのか?などと思いながら、読み進んでいったら、
終幕での、最後の彼のセリフに、ぐっときました。素敵です。
「怪談」でもありながら、それだけではない「はなし」です。