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良寛道人遺稿 (中公クラシックス)
 
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良寛道人遺稿 (中公クラシックス) [新書]

良寛 , 柳田 聖山
5つ星のうち 3.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,418 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

禅僧が燃やし続けた詩魂に触れれば、真の良寛像が見えてくる―良寛道人遺稿。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

良寛
1758~1831。江戸後期の禅僧にして歌人、漢詩人。越後(新潟県)出雲崎の名主の長男として生まれる。18歳で隣村の曹洞宗光照寺に入り、良寛と称した。1779(安永8)年、光照寺に滞在した国仙大忍に従って玉島(岡山県倉敷市)の円通寺に赴く。国仙の入寂後、各地を行脚し、故郷に戻ったのは39歳の頃とされる。長く国上の五合庵に住んで無一物の托鉢生活を営み、今日よく知られるエピソードが生まれた。また、その書跡の評価も高く、愛好する人が多い

柳田 聖山
1922年(大正11年)滋賀県生まれ。現在、花園大学・京都大学名誉教授。国際禅学研究所終身所員。日中友好漢詩協会顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 新書: 200ページ
  • 出版社: 中央公論新社 (2002/10)
  • ISBN-10: 4121600398
  • ISBN-13: 978-4121600394
  • 発売日: 2002/10
  • 商品の寸法: 17 x 11 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 495,500位 (本のベストセラーを見る)
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形式:新書
良寛の書というか詩を初めて読んだ。これも禅のひとつの形なのであろう。鎌倉から江戸に至って禅も成熟してくるのだ。いやこれを成熟と言うべきなのだろうか。退廃というのだろうか? ここには禅のあの息苦しい戒律というものがない。というかその対蹠点にある遊戯の境地、融通無碍の世界が広がっている。つまり自由の肯定を謳歌し、堪能し、あらゆるくびきを断ち切って、世俗の因果を超越し限りなくゼロの強度を目指す仙人の境地か?

では悟りとは何か? 宗門に入りそこで一定の地位につきそれなりの役を果たすことが坊主の職務なのか? 21世紀の現在でさえ同じではないか? 僧でありながらすべてを捨てゼロの地平から世界を見る。これが良寛なのだ。悟りは必ずしも寺の中で得られるわけでない。ひょっとして悟らない、ということの悟り、いわば「逆悟り」というものがあるかもしれない。

こうした自由の発見とそこにはじめて見出された悟りは硬直化した禅に風穴を開けるものかもしれない。たしかに正統な禅からみると異端である。しかしわれわれは良寛をはたして否定し去ることができるだろうか? 現に良寛を肯定し慕う状況にある。ここには在家と出家の垣根など何もなく、聖と俗の切り結びがある。ユーモアがあってアフォリズムがある。寂量があってわびさびがある。俗世間への批判があって快楽への肯定がある。自然への繊細な感性があって人間への温かい視線を失わない。

柳田聖山の訳がまた現代的で面白く、詩の中で良寛を「ボク」と表記しているところや、できるだけ読みやすくされた工夫が随所にある。たとえば「我、世間の人を見るに、総て愛欲に籌(はか)らる。」これが「ボクが出会った俗物たちは、全く、愛欲のカードに左右されていた。」となる。

禅を脱力させれば良寛になるのだろうが、それでもやはり禅になっている。自由という贅沢を引き換えに乞食と托鉢をしながらの極貧の草庵生活のなかに見出した良寛は「欲と色と神の世界」がどんなものかはっきりと見据えていた。
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