正しく般若心経を学ぶにはこの岩波の本が一番でしょう。翻訳者の主観が入らないような配慮がされていて、自分で読み解くための素材を提供してくれているからです。たくさんの般若心経解説の本がありますが、著者の余計な自説がしゃらくさい、そんなもの抜きに読みたいという方に最適です。
翻訳者の中村元先生は佛教の研究者として世界の第一人者でした。漢文の経典だけでなく、インドの言葉でかかれた経典、チベットの経典、蒙古の経典、など、様々な国の、様々な時代の経典を研究されています。
その中から先生が吟味構成したものが、この岩波の本のサンスクリット語の般若心経のテクストとして使われています。漢文の方は日本で古来最もよく知られ読まれている玄奘訳の般若心経が使われています。
金剛般若経はサンスクリット原典の写本は日本にも伝わっているとのこと。また、漢文の方は「金剛般若波羅蜜経」鳩摩羅什(くまらじゅう)訳のものが使われています。これも日本で古来最もよく知られ読まれているものとのことです。
そして、読者にとってさいわいのことはこの「般若心経・金剛般若経」が中村元先生と紀野一義先生の共訳ということです。紀野一義先生は東京大学において、中村先生の弟子でありました。そしてお二人は大変深い信頼関係がありました。 そういう、信頼関係のあったお二人が共同で訳されたことはとてもいいことだったと思います。岩波の他の経典では漢文からの翻訳者とサンスクリットからの翻訳者の意思の疎通が充分でなく、読者にとっても不満なものとなっているものもあります。
般若心経の成立年代は4世紀から5世紀くらいではないか、という説がネットにありましたが、この本の解題にはそのことは書かれていません。
般若心経のサンスクリット語の、世界で一番古い写本は、日本の法隆寺にあって、8世紀後半のものということです。
その般若心経よりも、金剛般若経の方が成立が早く、西紀150年から、200年頃には、成立していたであろうと、中村先生は書かれています。
般若心経の中心となるのは、色即是空(しきそくぜくう)の「空(くう)」というものですが、 金剛般若経には、「空(くう)」という言葉は登場しません。ですが、「空(くう)」の考え方は出て来ていて、それを、いろんな表現でくりかえし、表わしています。その例を二つ引用しましょう。
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「師よ、この経が説かれるのを聞いて、真実だという思いを生ずる求道者は、この上ない、すばらしい性質を具えた人々でありましょう。それはなぜかというと、師よ、真実だという思いは、真実でないという思いだからです。それだからこそ、如来は、〈真実だという思い、真実だという思い〉と説かれるのです。
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スブーティよ、この法門は《智慧の完成》と名づけられる。そのように記憶するがよい。それはなぜかというと、スブーティよ、『如来によって説かれた《智慧の完成》は智慧の完成ではない』と如来によって説かれているからだ。それだからこそ、《智慧の完成》と言われるのだ。
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一見、わけの解らないような文章です。矛盾に満ちています。もちろん、この矛盾に満ちた表現は、あることを伝えるために必要な表現です。
これが矛盾に満ちたものではないことを明確に示した本がただ一つあります。
岩男潔著「般若心経物語」です。
岩男潔は、色即是空は、これは佛教で発見されたものであるけれども、一宗教を超えて、普遍的なものであり、物理の原理、情報物理の原理であると言っています。
およそ2000年の時を経て、数学が発達しました。その数学を利用して、「般若心経物語」の著者はこれを矛盾なく説明しています。なお、その数学は難しいものではなく、誰でも解るものです。「写像」(関数と言ってもかまいません)を使っています。
般若心経を本当に知ろうと思ったら、この岩波の般若心経・金剛般若経と、
岩男潔著「般若心経物語」をぜひ読んで見て下さい。