中国文学者の高島俊男によれば、日本人は漢語を取り入れたことによって日本語としての成長にストップをかけてしまった。石川淳はあえて和語(やまとことば)を多用して、日本語の発音と意味の両面で表現の可能性を押し広げたと言えるでしょう。
もっとも、漢語が表現として貧しいわけではありません。おそらく日本人の舌が不器用なことと、日本語と中国語の違いがありすぎるのが、漢語の限界に作用しているのでしょう。
本作は幕末を舞台として選んだことで、上記の特徴を持つ表現として成立すると同時に、キリスト教をないまぜにしたインターナショナルな世界を作り出しました。
ただ、石川淳の作品には多く見られることだけど、何かしら「おどし」を効かせる文章表現には好き嫌いがあるとおもいます。下手すると「こけおどし」になってしまいます。
そういう「おどし」を効かせるキャラが多い中で、冬蛾は丸い雰囲気が漂って私の好むところです。
漢語よりやまとことば(ひらがな)を多用する作風が、石川淳が海外にあまり知られない原因かもしれません。