哲学書の翻訳は読みにくい。内容がスッと頭に入るためには、関係代名詞を含むヨーロッパ語の直訳ではなく、主語と述語を乖離させない日本語のリズムにうまく乗る必要があるのに、そうでない訳が多いからだ。その点、山岡氏の新訳はまったく違う。昨今の日本には「戦後の日本は個人主義が行き過ぎた」という浅薄な「自由批判」が横行している。「自由と個人」の関係を深く考える為にも、今こそ『自由論』は読まれるべきだ。ミルのいわゆる「他者危害禁止則」の箇所を、旧訳と比べてみよう。
「この小論の目的は、じつに単純な原則を主張することにある。社会が個人に対して強制と管理という形で干渉するとき、そのために用いる手段が法律による刑罰という物理的な力であっても、世論による社会的な強制であっても、その干渉が正当かどうかを決める絶対的な原則を主張することにあるのだ。その原則はこうだ。・・・文明社会で個人に対して力を行使するのが正当だといえるのはただひとつ、他人に危害が及ぶのを防ぐことを目的とする場合だけである。」(山岡訳p27)
「この論文の目的は、用いられる手段が法律上の刑罰という物理的な力であるか、あるいは世論の精神的強制であるかいなかにかかわらず、およそ社会が強制や統制の形で個人と関係するしかたを絶対的に支配する資格のあるものとして一つの極めて単純な原理を主張することにある。その原理とは、・・・文明社会のどの成員に対してにせよ、彼の意思に反して権力を行使しても正当とされるための唯一の目的は、他の成員に及ぶ害の防止にあるというにある。」(岩波文庫訳p24)