リベラリズムの自由論がディレンマに陥っている、と前半は論理的に解き明かす。後半はそれを超える「共同体」の論理を問題提起する。
イラク人質事件の自己責任論、アメリカのイラク攻撃、経済構造改革論、酒鬼薔薇事件、援助交際といったトピックを取り上げつつ、カント、バーリン(彼の「消極的自由」を著者は擁護している)、オルテガ、ムーア、ケインズ(ケンブリッジスクールの欺瞞を批判するという意味で)、ウィトゲンシュタイン、ハイデッガーなどの理論を紹介しつつリベラリズムの自由論の陥穽を指摘する。
確かに大きなテーマではあり、自由論の入門編を意図しているのだろうが、内容を詰め込みすぎていて、各章の議論への踏み込みが甘い気がする。例えばウィトゲンシュタインが前期から後期へ転回することを積極的に評価するものの、「これ以上この方向で議論を追ってゆくことはやめよう」と盛り上がったところで終わる。このような例が多い。
<第6章「自由」と「義」>に至っては、本当に問題提起だけで、やや内容はもの足りない。例えばハイデッガーの「死に対する自由」が「人間の本来性への回帰」を促すことは重要なテーマであるが、それがナチズムと結びつき、ファシズムの理論的バックボーンになったという事実からは議論は回避している。単純なファシズム忌避ではなく、自由とファシズムという大きなテーマに切り込んでほしかった。
ただし、「自由論」を考える問題提起の新書としては、内容は非常に充実している。本書をきっかけに、古典をひも解くきっかけにしたい。