著者は気鋭の法哲学者。標準的な学説を堅実に踏まえつつ鋭い論理を突き詰める明快かつ強靱なスタイルに定評がある。本書はそんな著者が「自由」という古くて新しい根本問題について考える本である。
構成として、まず近代社会の前提たる「主体性ある自律した個人」概念が不自然に思われることを指摘し、では何が個人を制約すると考えられたかを追っていき、同時に制約から逆照射するように様々な自由の思想を紹介・考察する。ついで監視システムと自由、特に現在進展している個人情報の集積・管理体制が自由に対してどんな影響を及ぼすか/及ぼしうるかを最新事例に則して論じ、それでもなお自由を求める際に生じるリスクを見る。そして自由の条件として引き受けるべき「責任」概念を主に刑法の新派と急派の対立から検討し、さらに擬制としての自由な個人を総説して自身の主張に至る。
思想方面では井上達夫やレッシグはもちろん阿部謹也、フーコー、はては中島みゆきの歌詞まで参照し、制度論としては民法・刑法・大審院判例からアメリカのメーガン法など幅広く論じる懐の深さ。自由の敵は国家に限らず共同体や他の個人もなりうること、事前規制と事後規制の違い、積極的自由と消極的自由など、十把一絡げにされがちな論点を丹念に腑分けする。また、監視システムは便利だしそもそも人々のニーズに応えている側面を正当に評価するといったバランス感覚もあり、非常に説得的である。
とはいえ決してやさしくはない。政治思想や哲学についてある程度の知識が前提されているし(固有名頻出)、なにより法学入門の良書を読んでいる程度の準備は必要だろう。200ページちょっとの新書ながら読み応え充分、出典の付け方一つとっても信頼度が高い。物事を根本から考える基本書として、自由を概念整理した至便な参考書として、現代社会を多角的に捉える応用問題集として、真に実用的な本と言える。迷うことなく星五つ。