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自己喪失の体験
 
 

自己喪失の体験 [単行本]

バーナデット ロバーツ , 雨宮 一郎 , 志賀 ミチ
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

内なる沈黙、空虚な内部を乗り超えた先に待っていた「主客を超えた境地」とは。ある日突然失われた自己。自己の本質、人間存在の真相に迫る異色の体験記!

登録情報

  • 単行本: 182ページ
  • 出版社: 紀伊國屋書店 (1989/06)
  • ISBN-10: 4314005181
  • ISBN-13: 978-4314005180
  • 発売日: 1989/06
  • 商品の寸法: 19 x 13.4 x 0.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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最も参考になったカスタマーレビュー

29 人中、28人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 すごい, 2008/11/26
By 
(宗像) - レビューをすべて見る
(トップ500レビュアー)   
レビュー対象商品: 自己喪失の体験 (単行本)
これはすごい。出版が1989年であるが殆ど知られていない。
日本人の悟りの体験としては、禅師による座禅の構造と実践がある。十牛図もあるが概念図みたいで実感に乏しい。これは普通の主婦が書いたのだからすごい。
キリスト教徒だから(本人は真正キリスト教、教会サイドではたぶん異端)キリスト教の概念による説明となっているが、その内容は禅(道元)そのものと言って差し支えない。
特に、全うに生きていることが自己喪失(悟り)の前提となつているのが、極めて新鮮。
言い換えればプロの不自然さ、ある種のいかがわしさが皆無。
相対の自己喪失から絶対の自己喪失、微笑、寂となる。そして「それ」は向こうからやって来る。
「それ」は生ぜず、滅せず。来ず、去らず。
自己が無くなるのだから思考、感情無く今の今に生きる。自他同一知により生きる。
花や木や石のように、幼児のように。
差異は消え一つのいのちとなる。具体は背景に退く。
幼児は一度大人にならなければならない。「それ」を知るために。それが人生である。

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15 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 隠れた名著か, 2009/5/27
By 
homu13 (Jpn) - レビューをすべて見る
(トップ1000レビュアー)   
レビュー対象商品: 自己喪失の体験 (単行本)
「神は心のなかに対象化できない」「それは主体も客体も超えたものである…」などといった
いわゆる主客合一の境地について、この本ではかなり詳細でわかりやすい解説がなされています

まず「一なること」を見ることから始まり、次に「絶対の虚無」への直面を経て、やがて自己の脱落により神の微笑みを見るに至る…
そのあたりのプロセスが活き活きと(?)伝わってくる名著ではないでしょうか
特に虚無の描写は凄かったです。読むだけで怖くなります

また、悟りにおける「自己意識の消滅」についても詳しく語ってくれています
覚醒者に起こる「自意識なしの思考」がどのようなものであるか、初めて理解できた気がしました

断片的になりますが、ピンときた所を引用します

『これ(自己の脱落)に適応するためには大変な努力が要求されます。自意識のもとになる反省の機能が止まっているので
 心は今の瞬間に固定されたまま、「不可知のもの」への凝視から抜け出ることはできません』

『この(沈黙への)通路は絶望も狂気も超えたところにあるのです。そこには狂ったり絶望したりする何者もないのですから。
 もし自己があればその場で狂ってしまうか、何とかして先へ行くのをやめて逃げ出そうとすることでしょう。
 普通の意味での絶望とか憂慮とかいうものは、この不可知の重圧に比べれば、自己防衛の玩具のようなものにすぎません。
 この重圧の方は防ぐ手立てもなく、第一防ごうとする者さえいないのです』

『何のわけもなく私の顔に微笑みが浮かび、その瞬間に私は「見た」のです。
 そこで見たのは、微笑みそのもの、微笑みするもの、微笑みが向けられたもの、この3者が区別されずにただ一つになったものです(中略)
 これこそ自己が無くなったあとに残っているものなのです。微笑みという姿で「不可知のもの」が示現されたと言ってもよいでしょう』

『窮極の実在は何か特異な体験ではなく、微笑みのようなごく単純なもの
 自己が無くなった後に残っている「それ」自身であるとは誰も思わないでしょう。
 たとえ愛と至福を対象としていても、何かを期待するという事は自己の特性なのです。
 「それ」はどんな意味でも対象となり得ません
 人間の目が世界をいつも普通のものと見ているように、その「目」は自分自身を見ているだけなのです
 人は窮極の実在をいつも目にしているのですが、それがあまりに普通で平凡なので、他に自もっと心を惹き、自己を満足させるものを求めようとするのです』

『人が神について経験したことは、自己について経験したのです。
 内的生活の経験はすべて、決して知りえない「それ」への自己の反応にすぎません。
 これを知らないと、神と自己を混同する恐れがあるのですが、これをほんとうに知る唯一の道が自己喪失なのです』
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13 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 やばい本, 2008/11/10
レビュー対象商品: 自己喪失の体験 (単行本)
インド哲学からニューエイジ系、神道に至るまで、無我や悟りについての本を読み漁ってきました。
概して既成宗教の形骸化は著しく、キリスト教信者の真我へ至る体験ということに少し意外な印象を受けました。
やはりそれぞれ根幹となるものには真髄が脈打っているのでしょうね。
全く孤独な道なき道を、どんな外側のガイドもないまま歩みきった著者に感銘を受けるとともに、稀有な例とはいえ師が不在だったということに力づけられました。サットグル万歳!
翻訳版の初版が1989年と結構古いのに、あまり知られていないようで不思議です。
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