自叙伝とはいえ、半生記が綴られた青春の記といっていいかもしれない。本編最後に、おや?と思われるような突然添えられたエピソード、いわゆる日陰茶屋事件の顛末は栄、三十一歳の出来事、没年は伊藤野枝と甥と共に皇国主義者に惨殺された三十八歳なので、晩年の逸話は書かれていない。
青年期や晩年のアナーキズム思想、社会主義思想、弾圧と闘争、監獄生活、はたまた恋愛の三角、四角関係は実に枚挙に暇がないほど魅力的なエピソードが盛りだくさんであるけれど、この自叙伝は幼少期を、記憶の糸を丹念に手繰り寄せて生き生きと甦らせている。衒いもない、気取ったところもない、文章がことのほか巧みというのでもないが、ただ真率に綴られていくその淡々とした筆致に読み手は吸い込まれてしまう。自分を突き放したシニカルで透き通った眼差しが悲惨な幼少年期の鬱屈した生活をある救いにまで高めている。駄目息子を愛した父と母の情愛の機微もよく描かれているし、栄の自由を希求する野生の精神が至るところに発露しているのが読み取れる。しかしなんと言っても、軍人の家庭に生まれて自ら軍人になりたくてなれなかった挫折をバネにというか反逆として社会主義に目覚めていく件は、この自叙伝の圧巻と言っていい。禁断の真実に触れた青年が熱に浮かされるようにしてアナーキズム思想を貪欲に自らの血肉と化し、また突き動かされていく若き栄の姿に読み手は胸を熱くする。
今こんなこと、誰の頭の中にだって起こり得ないだろう。主義思想など何の関係もない、この火傷するような青春の痛切な魂の懊悩と自由への希求からこそ、いまどきの冷めた大人が学ぶものが無数にあるだろう。
映画やTVドラマにすればいい。絶対できないけどね。悲しいけどそんな肝っ玉のあるプロューサーなんていないだろうね。面白いのになあ。