この本、たとえばイザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」と、どう質的に違うの?っていう感じ。結局は、シリコンバレーでの体験をすべてであるかのように、また言葉面は多様性を重視するように書いてはいるが、結果的には一元的で一方的な主張になっているという多少イタイ本。
進んだ西欧、遅れた日本、日本は西欧にキャッチアップしないといけないと壇上段に語るやり口は、明治以来の伝統に則った、いわば”古臭い”本でもある。ルース・ベネディクトの「恥の文化」「罪の文化」も、彼女が使った文脈とは無関係にステレオタイプに利用しているだけだし。
登場するのも、アメリカの一部地域と日本だけで、この二項対立で話をすべて裁断しているので全然「多様」じゃないんだけど。中国やヨーロッパにもこの「グローバルな世界標準の仕事のルール」は通用するの?彼らに語ってらどういう反応が返ってくるのだろうか?また、日本とアメリカの文化比較的な記述も、たとえば「ラーメン屋vsマクドナルド」ほど捻ったものではなく、自己の経験談を客観的な真実であるかのように語るだけの安直なステレオタイプでしかないし。
日本の特質は、あるときには強みにもなるし弱みにもなるもので、結局TPOやトレードオフの問題なのでは?そもそも長所を伸ばした方がいいと後半でも述べていなかったっけ?結果的に角を矯めようとしているだけなのでは?そういう点を語ろうとしない著者自体がとても非多様な考えの持主だと思える。
正直この手の上から目線の本は好きではない。