例えば
「そもそも真正の修行者は、決して仏を認めず、菩薩をも阿羅漢をも認めず、この世の有り難そうな物など一切問題としない。そんなものからはるかに超越して、外の物にかかずらわない。」
といった文章がある。
中国土着の道教の哲学が、仏教という器を得てこの書で最も端的な姿を現し、我々を激しく挑発する。
一般に禅といえばどんな物を思い浮かべるだろうか?
普通には座禅であり、禅問答というよくは分からぬがなにやら有り難そうな問答である。
しかし臨済は経典も読まず座禅もせず、弟子をすぐさま仏と化す事が出来るという。
「仏法は造作の加えようはない。ただ平常のままでありさえすればいいのだ」
彼の言葉は厳しいが、考えてみればこれほど楽な道もない。
全ての悩める人!に、この本を薦めたい。
唐末期の口語文で書かれた難解な原文を極めて分かりやすく再構成した訳文をも併せ持つ奇蹟のような一冊。