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36 人中、29人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
移植を語るなら、まず本書を読むべし。,
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レビュー対象商品: 脳死臓器移植は正しいか (角川ソフィア文庫) (文庫)
臓器移植は、ドナーとレシピエントが非対称な医療であるが故に不完全医療(=金持ちしか受けられない不公平医療)であること。それが国内では実験医療=無料であることから見えなくなっていること。 資本主義下の医療のキャナライゼーションの一環としてあるが故に「過剰医療」の一種に過ぎず、それに資源配分することは多くの救える他の命を軽視することになるが故に社会的に推進されてはならないこと。 従って、それは環境倫理・世代間倫理的に間違いであること。 そして、人間はいつかは死ぬものであり、どんな偉人でさえ、その人間の代わりはいくらでもおり、誰かを犠牲にしてまで生き延びる価値など万民に存在しないこと。 筆者の論点は明快であり、無条件に善行ゆえ推進すべきと考えさせられてしまっている医療関係者(=賛成派)や、何となく気持ち悪いから嫌だと感情的反対論を唱える一般人(=反対派)も共に真っ先に踏まえるべき書である。
17 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
脳死移植の論点整理として最適,
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レビュー対象商品: 脳死臓器移植は正しいか (角川ソフィア文庫) (文庫)
そもそも「脳死は人の死か」という段階の議論で、移植法施行時に梅原猛先生が、いわゆる3兆候(心臓停止、呼吸停止、瞳孔散大)以外は人間の自然な感情として死として認められないと反論されていた記憶がある。私自身も、死の基準さえクリアになれば、移植自体は現段階における医療技術の「次善の策」として認められるべきだと考えてきたし、またそれを疑いさえしなかった。 そこで手に取ったのがこの本。 様々な点から脳死移植を批判しており、論点整理の意味でも非常に良い内容だと思う。 中でもこれまで議論のテーブルにさえ載らなかったのが、脳死臓器移植を市場原理の観点から否定していることだ。 希少価値のあるものは高価になる。 この当然の理論が臓器移植には通用しない。 しかし、移植は純粋な医療行為であり、市場原理を持ち込むことはそもそもなじまない。 それに対し著者は、移植医、コーディネーター、医薬品メーカーが利益を得てコネクションを持っている以上、経済活動から切り離されるべき理由はない、と喝破する。 そして、現在光明が見え始めた再生医療に資源を注ぎ込むべきだ、と言うのだ。 それでも私は脳死臓器移植を支持したい。 現在の医療技術において「次善の策」としての脳死臓器移植は「仕方がない」。 もちろん近い将来、他人の身体を当てにしなくても良い再生医療が確実な技術となることが最も望ましいとは考える。
9 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
制度運用への批判,
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レビュー対象商品: 脳死臓器移植は正しいか (角川ソフィア文庫) (文庫)
小松美彦の『脳死・臓器移植の本当の話』が、主に脳死判定基準の妥当性(脳の意識/人体の有機的統合性)と、移植現場における判定→移植の運用の妥当性の視点から、脳死臓器移植制度を批判していたのだが、本書は幅広い角度からこの制度が持つ欠陥を立証している。特に、医学的側面よりも、制度運用的な側面からシステムそのものを批判することに重点が置かれている。両書を併読すると面白いだろう。臓器が圧倒的な希少財でありながらも市場で取引できないことが生むゆがみについては、骨髄等他の移植医療においても同様なのか検証が必要である。国家全体の医療への投資のバランスを考えれば、人工臓器、再生医療、あるいは脳低温療法などへの医療分野への投資が優先するとする意見は説得力がある。 著者が言うように、死は社会的コンセンサスのたまものであり、様々な情報を加味しても、未だ日本において脳死=人の死としての合意が形成されているとは言いがたい。しかし、おそらくなし崩し的に脳死臓器移植は推進され、定着するだろう。そこには政府、医療機関等が求める大きな経済の力が働いており、それを反駁することは容易ではない。ただし、本書が示すような多くの問題を含んで運用されている制度だという認識が、ドナーになるかもしれない私たちには必要である。
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