人間の心の進化について解説する進化心理学の一般書は増えてきたが、この本は次の2点で際立っている。1つ目は、記憶、選択、情動、言語、快楽、精神疾患など、人間の心の機能を幅広くカバーしていること。それぞれのトピックについて掘り下げて進化論的に論じた良書はほかにもあるけれど、これらを幅広く概観できるものはあまり見ない気がする。その分、個々のトピックの分量は物足りないかもしれないが、全体像を得るのにはとても良い。
もう1つは、一般的な科学書のように自然のエレガントさを読者に誇示するのではなく、逆にその行き当たりばったりな様をあっさりと認めてしまっていること。生物の進化が歴史性をはらむものであることを考えれば当然だが、書名も含めてここまであけすけなのも珍しい。進化論は創造論のような目的論的(teleological)な説明を退ける一方、一見どんなに不合理なものにも合目的的(teleonomic)な理由を探り出そうとする。しかし、そうして描き出されるストーリーは時として創造論の主張と同じくらい回りくどく奇抜なものになりかねない。著者の言うように、単なる「進化の慣性」の結果であることも多々あると考えれば得心も行くし、肩の力も抜けようと言うものだ。
そうして、人間の心がいかなる歴史を経て「いかにあるか」を論じた後で、著者は「いかにあるべきか」を問うている。その答えが、個人的で暫定的な“あり合わせ”の解決策(=クルージ)に留まっているのは致し方ないところだろう。ここはむしろ教育者や経営者や政治家の役割であるべきだが、彼らは往々にして人間の心が「いかにあるか」を知らずして「いかにあるべきか」だけを押し通しがちだ。その結果、多くの悲劇が繰り返されたことは言うに及ばない。科学を技術に昇華するには時間がかかる。それまでは、この本を参考に手前のクルージを繕ってやり過ごそう。