ワケありで未だ父子の名乗りをあげていない息子を救うため背教者となって旅に出たカドフェルが、その旅の終わりに述懐するのが上記タイトルの言葉です。
20巻の長きに渉って続いた修道士カドフェル・シリーズもいよいよ本作品が最終巻となるわけですが、思えば、シリーズのほとんどの作品に登場したのが、この言葉のとおり、たとえ他者には理解できない選択でも自らの意志で道を選び、その結果を潔く受け入れる人々でした。そういった人々と、しばしばその選択から起こる事件を見つめるカドフェルたちの人間の善良さと正義を信じる姿勢が、この長大なシリーズを支える大きな魅力だったとしみじみ感じています。
本作品はシリーズの掉尾を飾るに相応しく、いよいよ大詰めを迎えた内乱の和平会議で一同に会する王侯貴族の面々、幽囚の騎士、城を巡る攻防戦といった中世活劇の派手さも盛り込みつつ、カドフェルとオリヴィエ他2組の親子の確執と愛情、一つの殺人事件の謎とその意外な解決など、まさにこれまでの集大成といった内容で、読み応えは充分です。
結末近く、カドフェルが純粋な信仰を寄せる聖ウィニフレッドと出会う場面には、彼がこの聖女に関わる秘密を持つこととなった第一作目に回帰するような感慨を覚えました。
「癒し」という言葉に手垢のついた感すらする昨今ですが、このシリーズには「寛容」という究極の「癒し」があります。巷に氾濫する「癒し」には食傷気味という方、一読されてみてはいかがでしょう?