本書もやはり1960年代の主題である戦争を背景にした物語であることは特筆されてよい。確かにハードボイルド的な描写と権威主義的な病院に対する闘争というあまりにもステレオタイプな「社会派」の側面はこの際無視してもよかろう。問題は社会派なるものを基礎づける要因を本書も確実にもっているということなのだ。「愛」をめぐる悲劇と片付けられそうな本書も、実はそれが戦争という時代によって「愛」なるものの存在を享受できなかったがゆえに、その歪みが犯罪として生じていることを描くのである。というよりも信ずベきものをもちえなかったことに対する悲劇というべきか。天皇制でもなく大東亜の共栄でもなく、そして「愛」すらありえなかったという側面。偽装された信念の対象をどこに見出すべきなのか、という戦争批判すらここには内包されており、かなりの射程を持った作品である。しかしミステリ的にはさほど大したものではなく、一応Whodunitを効かしているがおまけ程度であり、やはり犯罪にいたる犯人と国家の問題、そして売春婦を生産する国家への刃が秘められている。世評とどの程度かみ合っているのかわからないが、本作は確かに評価さるべきである。