作者はヘーゲルをかなり意識しているように、彼を引き合いに出す。
p40に要諦が集約されていると思う。
第二章 ルサンブランス
肖像は誰かに(ケルカン)、誰かの持つ特異な外見に似ると同時に、誰にも(ペルソンヌ)似ず、むしろ似ていることそれ自体に似る。ありいは、肖像が自らに似る限りにおいて、「ひと=仮面」(ペルソンヌ)に似る。人は自らに似ることによって自分自身になる。すなわち対自的同一性であって、即自的なものではない。絵画が描き出すのは、対自であって、即自ではない。即自は描かれることが無いのだ。というのも、描く、ないし、肖像を描くとは(ポルトレチュレ)、第一義には引き出すこと、しかも「即自の」外に引き出すことであるだから、(厳密に言えば、この即自は「自立して」あるものの同一性それ自体を夜闇の底に消し去ってしまうものだ)。似ていることは(ルサンブランス)杳として同定不能なものから、みずからを引き出す。