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肉食妻帯考 日本仏教の発生
 
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肉食妻帯考 日本仏教の発生 [単行本]

中村生雄
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

日本仏教の大きな特徴にして到達点とされる「肉食妻帯」はいかにして形成され、定着したのか。国家宗教として仏教が日本にもたらされてから孕みつづけている最大の問いを考究し続けた著者の研究成果のすべて。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

中村 生雄
1946年静岡県生まれ。1969年京都大学文学部卒業。静岡県立大学国際関係学部教授、大阪大学大学院文学研究科教授、学習院大学文学部教授を歴任。専攻は日本思想史・比較宗教学。2010年逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 280ページ
  • 出版社: 青土社 (2011/11/23)
  • ISBN-10: 4791766296
  • ISBN-13: 978-4791766291
  • 発売日: 2011/11/23
  • 商品の寸法: 20.1 x 14.4 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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By 内田裕介 トップ500レビュアー
 タイトルが示す通り、本来の宗教上のタブーを、日本の仏教者たちはこともなげに日常のものとしている。
 どういう言い訳がありえるのか、やや皮肉な興味で手に取った。

 出家者の肉食妻帯は江戸時代までは幕府から厳しく禁じられ、僧侶の女犯は死罪、遠島を含む重罪だった。
 が、明治5年4月25日の太政官布告132号「今ヨリ僧侶ノ肉食妻帯畜髪ハ勝手タルベシ」により、いわば「自由化」された。
 これ以降、日本の仏教者たちはこぞって肉食妻帯を始め、100年後のいま、僧侶の妻帯はついに日常の風景となった。
 本書は、この世界的に見れば極めて奇異な日本仏教あるいは日本の仏教者の発生を、肉食妻帯という象徴的なキーワードを用いて考察したものである。

 この奇異な風景を理解するポイントはいくつかあるが、そのひとつが以下の考察である。

 ・日本人の宗教観は伝統的に自然宗教的で、戒律に基づく禁欲主義はもともと民族の性格に合わない。
 ・明治以前は国家が身分秩序を維持するために僧侶の破戒行為を厳しく取り締まり、そのため「僧侶」が維持された。
 ・しかし明治以降、新政府が身分制度を廃止し、それとともに国家による「僧侶」の維持機能も消滅した。
 ・その結果戒律を守る気分が緩み、日本的な宗教観に沿って水が低きに流れるが如く現在の日本仏教の風景が生まれた。

 しかし、実は僧侶の肉食妻帯は、真宗にだけは鎌倉の昔から認められていた。
 このダブルスタンダードこそが日本仏教を考察する上では非常に重要なポイントだ。
 本書の約半分は真宗という「異端の仏教」への考察で、これを抜きにして本書は語れない。

 「真宗以外の日本仏教の大勢は、かつての真宗教団が(肉食妻帯主義のために)他宗や一般社会から受けていた嫌悪や侮蔑の感情を含んだ異端視のことなど忘れたふりをして、肉食妻帯公認の甘い果実を手にいれたのである。そして、その軽率で利己的な選択の結果として、僧侶という職業にまとわりつく胡散臭さとか、仏教界全体にたいする漠然たる不信感といったものが、明治時代から平成の今日にいたるまで、日本の社会には確実に広がってきたということもできる。」P163

 ここが本書の核心のひとつである。

 本来、仏教の僧侶は聖職者であった。
 グルメとかセックスとかカネといった俗世の欲を捨て、厳しい修行を積んで衆生を仏のもとに導いてくれる存在だった。
 だからこそ尊敬の対象になるし、逆に期待を裏切って欲にまみれた「なまぐさ坊主」には世間の目も厳しい。
 しかし一方で、「一種享楽主義にも通じる欲望の肯定が日本人の宗教的伝統には明らかに存在して(P105)」いる。
 このギャップ、すなわち、戒律や教義を忠実に守ることをよしとする原理主義と、日本民族の本来的性格に適合した現実的な世俗主義の間で揺らぎながら、日本化していったのが現在の仏教、ということのようだ。極めて興味深い指摘である。

 考察が広範にわたり洞察も深い。そのわりに全体に論旨は平易で分かりやすい。
「生臭さ坊主」への冷ややかな視線で手に取ったが、事態はそれほど単純ではないことがよくわかった。
 惜しくも著者の中村氏は先年64歳の若さで亡くなったそうだ。
 氏の著作はほかにもあるようなので、ひととおりあたってみたい。これはあたり!である。
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24 人中、16人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
立派な袈裟を着て荘厳な葬儀を執り行い、死者に五戒を授け、戒名を与え、仏弟子として送り出す。その一方で、酒を飲み、肉を喰らい、性行為を行って、妻子を養うという、俗人の生活を営む。このような、パートタイムの「聖職者」を戴くのは、社会として、教団として、いかにも外聞が悪いはずであるが、両者とも一向に恥じる様子もなく、明治以降慣行として定着してしまった。少しでも仏教の教義に興味を持つ者なら、誰でも抱く素朴な疑問だろう。

2012年1月15日の読売新聞の書評を見て、そのような疑問を解決できるのではないかと期待して、購入し読んでみたのだが、結果は失望であった。

まず、最初に断っておきたいのは、本書は著者の死後、雑誌等へ掲載された生前のエッセイを、知人が編纂した物であり、本書の出版に著者は直接関わっていないという事である。

著者の専門は、日本思想史や比較宗教学であり、仏教を専門とする研究者ではない。従って、本書の内容も仏教の教義に照らし合わせての「肉食妻帯」の研究ではなく、歴史的な背景の説明や他の論客の説の紹介が主体となっているのも、仕方ないのである。それでも、何とか本書から有意義な情報を汲み取ろうとして、読み続ける努力をするが、雑誌記事の寄せ集めという性格上、限られたネタの繰り返しが多く、気がつくと斜め読みになっているが、時には、新しいネタも登場して、油断が出来ない(笑い)。思想史研究者の割には、仏教史の時系列や教義の論理構造の中で著者の考えを整理した記事がないので、つかみ所がなく、読んで得た知識が蓄積して行かない。

本書を読むにあたっては、少なくとも親鸞の生涯に関する予備知識が必要である他、仏教関係の知識も、ある程度は持ち合わせていないと、おそらく、内容の理解が厳しいだろう。このような本を出版するにあたっては、読者に予備知識を与える序章を設けるのが、編纂者の良心という物であるが、本書の場合、内容理解にはほとんど助けにならない、あとがきがせいぜいなのである。出版社にしても、本気で本書を読む価値のある本にしようと思うなら、その序章の中で、著者の考えを簡潔にまとめ(少なくとも仏教史的時系列で整理し)、詳しい記述へのポインタをつけて、読者の便宜を図る位の事はやっても良いはずだ。そうすれば、タイトルと新聞の書評につられて買ってしまう、私のような迂闊者以外にも、読者を獲得できると思う。現状は、専門書でもなければ、一般書でもない。強いて言えば、追悼書といったところか。こんな中途半端な本を出された故人が気の毒になる。

このようにまとまりのない本ではあるが、比較的マシな章として、140−189ページを揚げておこう。この章の最後の部分、188-189ページに著者の考え方が可視化されている。日本語として論理的におかしな部分もあるが、その趣旨は、それなりに豊かで平和な現代日本社会に身を置く日本人の多くは、仏教の深遠な智慧や慈悲業の実践に期待する必要を感じないのであり、また、歴史的に担われていた寺の役割は、いまや、学者、医師、カウンセラー、学校、福祉団体等、それぞれの専門家により執り行われているのであるから、寺の住職が妻帯しようかどうかなど、実際にはどうでも良い事である、と。

2011年3月の大震災以前の2003年に出版された記事ではあるが、現代日本人の心の荒廃は、20世紀後半から顕著に指摘されているのであり、心の救済としての仏教の必要性に考えが及んでいないのは、驚くばかりであるが、その救済のよりどころとしての現代日本仏教に、期待できる物は何もないというのであれば、同意せざるを得ない。つまり、「肉食妻帯」への疑問を「解決」する(solve)のではなく「解消」する(resolve)という事なのか?

あとがきまで読み進めると、本書が出版された経緯が詳しく記載されている。そして、上に書いたような批判への弁明もある。なかでも驚かされるのは、著者が出版を予定していた本のタイトルは「日本仏教の発生」であり、「肉食妻帯」というテーマを選んだのは、編集部と協議して、インパクトを考えての事だという。まさに、私はそのインパクトにはまってしまった訳だが、著者の考えていたタイトルなら、本書の内容を誠実に表していたに違いない。そして、敢えてそのタイトルを変更するというのなら、上に述べたような序章を設けるのは、読者に対しても、故人の著者に対しても、出版者としての最低限の礼儀だろう。そして、宗教的な議論を期待させる新聞の書評についても、評者は本書をまともに読んでいないか、そうでなければ、不誠実と言うことになる。

まとめると、宗教的な意義に関する論考を期待している人には、本書は余り価値がないが、歴史的な背景を知りたい人には、一定の価値があるだろう。

出版の経緯を知った今となっては虚しい事ではあるが、期待された宗教的な議論の一例を挙げると、
A:いやしくも「仏教」を名乗るのであれば、その究極の目的である寂静涅槃の妨げとなる煩悩を助長するような行為は、仏弟子として差し控えるのが当然である。
B:教義上妻帯を禁止されているのは「小乗」の出家者であり、大乗の僧侶がそれを守ってきたそれまでの伝統の方がおかしいのである。
A:肉食は美食につながっており、貪欲を助長するばかりではなく、食肉業者の殺生行為を助長する。妻帯は、言うまでもなく、性欲を助長し、さらに、家族への執着を助長するとともに、苦を受ける対象としての人間を新たに製造する。
B:衆生の救済が大乗の目標である。
A:だからといって、救済の援助者であるところの僧侶まで、救済対象と同じ事をやってしまって良いという事にはならない... 等。
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