訳文は、平易で格調高く、作品自体には経年の劣化を感じさせるところはいささかもない。解説にも描かれているように、作品は若者と人妻のひと時の恋愛を描いたに過ぎないものである。しかし、一人称で透徹したニヒリズムをもって社会、人妻との関係を眺める主人公の視点に、逆説的に作者の若さとゆえの虚勢と純粋さとが感じられ、読後すがすがしささえ感じられる。また、戦争が始まり人々の暮らしに様々な影を与えている、その不安な時代を背景にし、ガラスが割れれば、猫はその隙に付け入ってチーズをいただくだろう、たとえ、自分の飼い主がガラスを割り、指を切って苦しんでいたとしてもというイントロから始まる本作品は、間接的に戦争の悲劇とやるせなさを歌い上げており、深い心理小説にもなっている。最後の一節、またところどころに挿入される警句は、夭折した作家の社会に対する深い洞察を感じさせられる。