わたしは難聴児(補聴器を装用すれば聴覚活用で一対一の会話が可能)を育てている聞こえる母親です。
聾学校の先輩お母さんから「とてもいい本!著者の脇中先生をPTAの勉強会に招いては?」とすすめられました。
たしかにいい本です。文章がていねいで読みやすいし、ご自身の聾児(補聴器を装用しても聴覚活用が困難、読唇により会話する)
としての家庭や学校でのこれまでの経験、そして聾学校教員としての学校やご自分の子育てでの経験をふりかえって分析し、
聴覚障害児教育のためにきめこまかに、マンガなどをもちいてわかりやすく説いておられます。
うちの難聴児は中学三年生。先輩お母さんちの聾児は高校一年生。
ですので、「第11章 障害認識のためのいろいろな取り組み」
のなかの「4節『マンガ(学校場面)』を通して問題解決能力を高める取り組み」がとても参考になりました。
(普通高校に通う聴覚障害児が直面するであろう問題について。5節は(会社場面)です。)
さて、肝心の「(日本)手話ー(対応)手話」論争について。
「かつての口話法の犯してきた誤り(口話法を絶対視し、すべての子供にあてはめようとした)の裏返しになるようなことを、現在の手話法は繰り返すべきではありません。」
(本書 あとがき 293pより)この言葉は、まったく同感ですので、☆五つにしました。次の著作を期待しています。
たとえば、ふつうの子供は就学前に多くて数千語の言葉を理解します。
就学前の聴覚障害児に同じように数千語の言葉を理解し使えるようにするにはどうすればよいのでしょう?
そういった肝心なことの研究や実践がなされていないと感じております。