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7 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
勉強になります‥。,
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レビュー対象商品: 聖者の戦い (小説フランス革命 3) (単行本)
1789年の暮から翌年の革命一周年までを描く、第3巻。ロベスピエールが左派の領袖として力を持ち始め、タレイランが 教会改革を画策する。 そして、相変らずミラボーは睨みをきかせている。 半年で一年分、時間の流れを少し早回ししていく感じで刊行されて いるこのシリーズだが、正直言って少し辟易しつつもある。 あまりの逆接の文章の多さがそのひとつ。 多い時には見開き一つに「が、‥」が3回も出てくる。 言い回しも同じものが多い。 例えば「はん、むしろ神など気分が悪い」の「はん」、そして 「ええ、ええ、‥」というあいづち、「なんとなれば」という接続詞。 「なんとなれば」は10回以上、「ええ‥」は「ああ、」「おお、」 「いえいえ」なども含めるとかなりになる。 因みに「はん」は20回以上出てくる。 著者の語り口は、今まで気になったことはないのだが、こんなところが 目に付くのは、3巻目だから‥?
1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
怪物タレイラン,
By 林田力 (hayariki.net) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 聖者の戦い (小説フランス革命 3) (単行本)
本書(佐藤賢一『聖者の戦い 小説フランス革命III』集英社、2009年3月30日発行)はフランス革命を描いた歴史小説の3作目である。著者はフランスを舞台とした歴史小説を得意とし、『小説フランス革命』シリーズは全12巻を予定している。本書ではヴェルサイユ行進などの民衆の実力行使が一段落し、その後の憲法制定国民議会の混迷を描く。本書では新たにタレイランが主要人物として登場する。タレイランは由緒を辿ればフランス王家に匹敵するほどの大貴族の生まれである。革命当時は自身もオータン司教として特権身分の座にあった。 旧体制を代表する立場にあるタレイランはフランス革命では革命を支持する側に回った。その論理を本書は興味深く描いている。絶対王政下では大貴族であっても王の家臣でしかない。しかし、自身が制定に参加した人権宣言で人間は平等とすることで、誰もが一番になれる時代が到来したとタレイランは考えた(16頁)。「究極の貴族主義は革命をこそ歓迎する」との発想にはタレイランの怪物ぶりを示している。 このタレイランは自らも聖職者でありながら、教会財産の国有化や聖職者の特権廃止などを強引に進める。それに対し、聖職者側は反発し、容易には進まない。表題の「聖者の戦い」は、この対立を示している。進退窮まったタレイランはミラボーを仲立ちとして抵抗勢力の首領・ポワジュランと話し合いの場を持つ。 革命そのものには反対ではなく、宗教としての神秘性を維持したいポワジュランと、それを理解しようとしない現実主義者のタレイランの噛み合わない議論が興味深い。ここではミラボーが間に入ることで妥協点を見出せた。しかし、相手の理念を理解しないことからの行き違いで、協調できる者が対立することも現実には起こりうる。 このタレイランはフランス革命期よりも、ナポレオン失脚後のブルボン復古王政期の外務大臣として歴史に名を残している。当時のフランスはナポレオン侵略戦争の敗戦国であった。にもかかわらず、彼はブルボン王家も被害者とすることで、フランスの損失を最小限にとどめた。 タレイランを名外相とする意識は西欧世界に共通する外交感覚であり、今日の国際社会の価値観に続いている。この外交感覚に則るならば、第二次世界大戦の侵略国・敗戦国であり、連合国(戦勝国)の価値観を受け入れた日本政府の高官(田母神俊雄・航空幕僚長)が侵略戦争を正当化する主張をしたことは、本人の信念の是非は別として、国際社会における日本の国益を大きく損なうものであったことは確かである。 後世には名外相と称えられるタレイランも本書では自尊心ばかりが肥大化した存在である。発想はユニークであるものの、他者を説得するという感覚に乏しく、ミラボーの助け船で何とか多数派工作に成功できた状況である。今後、タレイランが名外相としての片鱗を見せるのかも『小説フランス革命』シリーズの見どころの一つである。 第1巻『革命のライオン』で描かれたアンシャン・レジームの行き詰まりは閉塞感漂う現代日本のアナロジーと感じられた。同様に本書での国家の交戦権についての議論も、憲法の謳う徹底した平和主義が骨抜きにされつつある日本において参考になる内容となっている。 憲法制定国民議会とは文字通り憲法を制定するための議会である。そこでは宣戦・講和の権限を国王が持つべきか、議会が持つべきかで対立した。右派(保守派)は「防衛は急を要する」ことを理由に国王大権に属すると主張し、左派(愛国派)は「戦争をするか、しないか、それを決めるのは国民」として議会の権限であると主張した(161頁)。 この議論が行われた時期はフランスの友好国であるスペインとイギリスが一触即発の危機にあった。そのため、艦隊に出航待機命令を出し、イギリスを牽制した国王政府への支持に議会内も傾いていた。これに対して、左派のラメット議員は国王が議会に諮らずに派兵の準備を進めた手続き上の問題を指摘する。状況に流されず原則論から問題点を明確にする姿勢は付和雷同しがちな日本社会にとって眩しい存在である。 左派が国王の交戦権に反対する論理構成が興味深い。国王が宣戦・講和の権限を持てば、国王は自分の意思で軍隊を動員でき、その軍隊が再び国民を弾圧することに使われる可能性があるとする(163頁)。ロベスピエール議員は「戦争とは常に専制君主を守るための営みだ」と喝破する(166頁)。 平和主義は空想的と非難されることがある。しかし、有事に軍隊が国民を守ってくれるとは考えない点で真の平和主義者は現実主義者である。現実問題として近代憲法は最大の人権侵害の主体を自国政府と位置付けている。国家が戦争を行わないようにすることは理想論ではなく、権力の害悪を直視した現実論である。 日本国憲法が平和主義を憲法の3原則の一つにまで高めた理由は平和がなければ国民主権も基本的人権も画餅に帰すと考えたためである。ここに日本国憲法の斬新さがあるが、戦争と平和の問題はフランス革命の時代においても内政上の争点であり、民主主義や人権に直結する問題であると理解できた。
4 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
いよっ 待っていました!!,
By エリシュカ (目黒) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 聖者の戦い (小説フランス革命 3) (単行本)
フランス史を縦横無尽に書きつくす作家・佐藤氏が、いずれは書くだろうと期待して待っていたそのものずばりのフランス革命。1・2巻もさることながら、ここからが目が離せません。 ベルばら世代の私にはたまらない。 序盤の主人公がミラボーというのも佐藤氏らしいチョイスでは。 私はパリの民衆(おかみさん)同様、ついついラ・ファイエットに目が行ってしまうが。そうか彼は軽薄なのかもね。 佐藤氏は男のコンプレックスを巧みに描き、そこにこそ男の色気というか、魅力を見出し、描き切るのを得意としていると、日頃感じております。 そして・・・待っていました。タレイラン!!! 革命をすり抜け、ナポレオン時代を生き抜きウィーン会議で優雅に舞った大貴族。彼こそが、フランス革命のキーパーソンです。 これからが大いに楽しみ。塩野氏のローマ史と同様、じっくりついてまいります。
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