若松孝二とATG映画と言うと、武装革命を叫ぶ革命戦士たちによる爆弾闘争と東京総攻撃をアジり、公安とマスコミ、世論から集中砲火を浴びて上映中止に追い込まれそうになったセンセーショナルな問題作「天使の恍惚」を想起してしまうのだが、実は、若松がATGで撮った作品はもう1本ある。
これは、若松が、大島渚の「愛のコリーダ」のプロデュースを終えた後に着手した77年作品。
老いる事なく八百年も生き続けている八百比丘尼伝説をモチーフに、聖女を娼婦のように描きつつ、男性たちと慈愛に満ちた性交を結びながら、自らの死に場所を探し求める今作は、沖縄人にして原爆被災者、アイヌのテロリスト、原発爆破を企てる過激派コマンド、盲目で被差別部落出身の女、と言ったいかにも若松映画らしいアンサンブルの登場人物たちが入れ替わり立ち替わり彼女の前に現れる。
でも、性を解放する事で死と向き合う、なんてさぞ観念的で濃厚だろうと思われるだろうが、そこら辺は、意外なほどにあっさりとした口当たりだったと記憶する。
これも、同志であり同伴者であった足立正生の“アラブへの旅立ち”により、本来なら脚本・出口出であるべきものから代わり、脚本を担当した佐々木守の資質から来るものなのだろうか。
狂言回し的役割を担う少年が思慕を抱く少女に、これがデビュー作となった当時16歳の浅野温子。当然濡れ場らしきものもあるのだが、物怖じしないその根性は大したものだった。
とは言え、やっぱり今作は、松田英子のものだろう。
彼女のふくよかさと原日本的な美しさは、阿部定から一転、永遠に生き続けるミステリアスな八百比丘尼役をより神秘的な存在にした。
まさか今作がDVD化されるとは思わなかったが、増村保造の「音楽」共々初ソフト化は喜ばしい。
これで、ATG映画で未だソフト化されていない主な作品は、「黒木太郎の愛と冒険」、「日本人のへそ」、「北村透谷・我が心の歌」ぐらいだろうか。
なんやかんや言っても、これは、やはり良い時代なんだろうね。