鹿嶋春平太のキリスト教解説本はこれまでに何冊か読み、どれも伝統的なキリスト教の解説としてはピントがずれたような印象を受けていたのでその後は敬遠していたのだが、この本と姉妹編とも言うべき「キリスト教のことが面白いほどわかる本」はアマゾンのユーザー評価も高いしそこそこ売れているようなのに加え、キリスト教にあまり縁のない一般的な日本人向けの啓蒙書という点が僕の発行しているメルマガに似ているので参考として購入してみた。結論から言うなら、これは読んでよかった。この著者の聖書やキリスト教に対する理解や考え方が、いかに「伝統的な正統派のキリスト教」と隔たっているかがよく見えてくるからだ。
この本は歴史的な事実関係についても誤っている部分が散見できるのだが、それはおそらく著者も自覚的にそのように書いているのだと思う。例えば4世紀に異端として排除されたアリウス派が「イエス人間説」を唱えていたという解説はどうかと思うし、カトリック教会の成り立ちについての説明も間違っている。罪の三重構造や、「霊のいのちの充電度」で人間の罪や救いを説明するのもユニークすぎて奇妙奇天烈だ。
こうした非正統的な解釈は、宇宙論の説明において頂点に達する。創主(「そうしゅ」と読ませる)のふところである「無限空間」の中に、広大ではあるが有限な被造空間である「天国(天)」があり、そこに「創主の名」が置かれているという説明などは、どういう理屈なのか首をひねる。天国は神の聖霊で満たされているが、天国は有限な空間なので聖霊も有限だというあたりになると、もうこれは正統派の三位一体論を大きく逸脱している。次いで天使が造られ、その一部が堕落してサタンとなり、その次にイエスが登場したという説明になると、これもまた正統派の三位一体論からは大きくかけ離れた説明と言うしかない。著者の宇宙論によれば、我々人間の住む世界はイエスがサタンを幽閉するために作った牢獄なのだという。
こうした著者の主張は姉妹編の「キリスト教のことが面白いほどわかる本」でも繰り返されるわけだが、そこではさらに、人々が知っている「キリスト教史」や「教会史」「教理史」などには書かれることのない、秘められた真実のキリスト教とキリスト教徒の歩みが暴露されることになる。本書「聖書が面白いほどわかる本」は、「キリスト教のことが〜」に比べると説明のユニークさや奇抜さ、荒唐無稽さという点では、一歩も二歩も劣るところが残念と言えば残念。