出版社/著者からの内容紹介
--師よ、なぜ僕は僕なのに、僕がわからないのですか? 自ら命
を絶つことはいけないことなのですか?
を絶つことはいけないことなのですか?
「私」と「世界」の間に落ちて、自分を見失いつつあるひとりの少年。ある夜、
少年は「答え」を求めて、森の奥の庵に住む老師を訪ねる----。
--友よ、君は「本当の自分」はわからない。会ったことのない人は、探せないの
だ......。
少年の問いを正面から受け止め、自らの魂の遍歴を語りつつ、生の意味を説く
老師。
--師よ、人間とはなんですか?
--裂けたもの、欠けたものだ。
--何が裂け、欠けるのですか?
--人はそれを探して、苦しむ。
九夜にわたる問答が「生きる」苦しみの根源に迫る。恐山の禅僧・南直哉が現
代に生きる意味を問う!
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
内容(「BOOK」データベースより)
ぼくはいつか死ぬ。たったひとりで。なのに、大人は平気で生きろと言う。理由なき世界に生み落された少年は、「ただ死んでいく」のではなく、自ら「生きていく」ことを選びたいと願った。そして、月に照らされた森を抜け、老師の庵へとたどりついた―九夜にわたる問答を通して語られる、命の苦しみ、尊さ。気鋭の禅僧の精錬された文章とその行間が、魂へ深く深く突き刺さる現代人必読の物語。
内容(「MARC」データベースより)
師よ、本当のぼくは誰ですか? 本当の自分を見失いかけた少年が、老師に問う。人間とは何ですか? 自ら命を絶つことは許されるのですか? 9夜にわたる問答が、「生きる」苦しみの根源に迫る。
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
出版社からのコメント
恐山の禅僧、南直哉師が放つ渾身の一作。
作家・天童荒太氏の「人々の苦悩に深く寄り添い、命に勇気をもたらす書」とい
う推薦文にあるように、本書は、「私とは誰か?」「存在とは何か?」という永
遠に解決することなく人間を苦しめる根本問題について、南直哉師が全身全霊
で向い合った一冊です。わずか112ページながら、そこには濃密なフレーズが満
載で、「お経のよう。音読したい」という方もいるほど。また、著者は現役の僧
侶ですが、本書の中で仏教用語は使われておらず、「仏教書はちょっと・・・」
と敬遠すること勿れ。あらためて、自分にまつわるあれこれのことをゆっくり
考えてみたい、そんなときにオススメの一冊です。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
作家・天童荒太氏の「人々の苦悩に深く寄り添い、命に勇気をもたらす書」とい
う推薦文にあるように、本書は、「私とは誰か?」「存在とは何か?」という永
遠に解決することなく人間を苦しめる根本問題について、南直哉師が全身全霊
で向い合った一冊です。わずか112ページながら、そこには濃密なフレーズが満
載で、「お経のよう。音読したい」という方もいるほど。また、著者は現役の僧
侶ですが、本書の中で仏教用語は使われておらず、「仏教書はちょっと・・・」
と敬遠すること勿れ。あらためて、自分にまつわるあれこれのことをゆっくり
考えてみたい、そんなときにオススメの一冊です。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
著者について
1958年長野生まれ。早稲田大学文学部卒業後、サラリーマン生活を
経て、1984年曹洞宗で出家得度。同年、福井県の大本山永平寺へ入門。2003年ま
で約20年の修業生活をおくる。同寺在籍中、月刊誌『論座』で「I am a zenso」
を連載(『語る禅僧』に収録)するなど、仏教関連の執筆活動も開始する。05年
から青森恐山の院代(山主代理)に。仏教のみならず、文学・哲学にも造詣ふか
く、現在も精力的に講演や執筆活動を行い、一部ではその舌鋒の鋭さから「恐
山の論僧」と称されることも。著者に『語る禅僧』(朝日出版社)、『日常生活
のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『「問い」から始まる仏教』(佼正出版
社)、共著に『やさしい「禅」入門』(新潮社とんぼの本)など。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
経て、1984年曹洞宗で出家得度。同年、福井県の大本山永平寺へ入門。2003年ま
で約20年の修業生活をおくる。同寺在籍中、月刊誌『論座』で「I am a zenso」
を連載(『語る禅僧』に収録)するなど、仏教関連の執筆活動も開始する。05年
から青森恐山の院代(山主代理)に。仏教のみならず、文学・哲学にも造詣ふか
く、現在も精力的に講演や執筆活動を行い、一部ではその舌鋒の鋭さから「恐
山の論僧」と称されることも。著者に『語る禅僧』(朝日出版社)、『日常生活
のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『「問い」から始まる仏教』(佼正出版
社)、共著に『やさしい「禅」入門』(新潮社とんぼの本)など。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
南 直哉
1958(昭和33)年長野県生れ。禅僧。早稲田大学文学部卒業後、サラリーマン生活を経て、’84年曹洞宗で出家得度。同年、福井県の大本山永平寺へ入門。2003(平成15)年まで約20年の修行生活をおくる。’05年から青森県恐山の院代(山主代理)に。福井市霊泉寺住職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1958(昭和33)年長野県生れ。禅僧。早稲田大学文学部卒業後、サラリーマン生活を経て、’84年曹洞宗で出家得度。同年、福井県の大本山永平寺へ入門。2003(平成15)年まで約20年の修行生活をおくる。’05年から青森県恐山の院代(山主代理)に。福井市霊泉寺住職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)