老いることが「損をした」と感じ取られる時代なのではないか。著者はそう考える。アンチ・エイジングなどといった醜悪な自己欺瞞にポジティブな価値が与えられ、老熟せずに若さにしがみついてジタバタする人間が増えている昨今の状況は。もはや「尊厳を保ち自己肯定している老人」のモデルは消失したのか。そのようなかつてあったように思える理想の老いの姿にノスタルジーを抱く著者は、現状に違和感をおぼえつつ、老いるとはいかなることか、そのかたちの探求を試みる。自己の人生のなかで出会ってきた様々に個性的な老人たちや、小説に描かれた味わい深い老人たちを参考にしながら。
その探求の過程において示されるのは、著者の考える素敵な老いや適切な「年寄り」のかたちも若干はあるが、ほとんどが、みっともなかったり、哀しかったり、ときには常識をはずれさえするグロテスクな老いの姿である。他者と生き別れ死に別れた孤独のなかで、死の可能性が充実したゾーンへと入っていく時空間の戸惑いのなかで、人間が抱えている厄介なものが唐突にあらわになる。老いるとは、あらゆる出来事に対する達観した精神の獲得といったようなものではなく、人生が与えてくる難儀さに相変わらず傷つけながら、なんとか過ごしていくことなのではあるまいか。
著者はもうじき還暦。これから来る本格的な老いの目前で、自分はいったいどう老いていくのかを不安に感じながら、老いの正負ないまぜの奥深さに触れようとしている。今後実際の老いを経験することで、その老人観は深まっていくことだろう。あるいは、老いの重みに圧迫されて妄言を吐くかもしれない。いずれにせよ、本書のような独特の老い論を展開した後に、彼がどのように老いていくのか、とても気になるので、気にしていきたいと思った。