あちこちで絶賛されているので読んでみた。
自分には理解不能・・・。
以下、ネタバレをふくむ恐れがあるので、ご注意ください。
これが、岳志が医者ではなくど貧乏でどうしようもない男で、主人公にも家庭があるとかだったら、まだ惹きつけられたかもしれない。
『運命』といいながら、他の女と結婚し(それも主人公との繋がりを保つため)子どもも二人作り、10年も探しもしなくて、偶然の再会に突っ走り、10年も共にしてきた家族を捨てて『君が運命の人なんだ』って・・・。葛藤も何もなく『運命』を振りかざすと、逆に軽く見える。たぶん、書かれていない部分に葛藤はあったかもしれないが、主人公と会っている時の岳志はあまりに無邪気で、悪びれもせず、ちょっとイラっとする。
主人公も、もし、岳志が医者で美味しいレストランに連れていけないような人物でも、ここまで引っかかっただろうか?断ってるふりして、彼女いわく『親友』(女にしてみれば、隠れて自分の旦那と会うような人は親友とは言わない)の旦那と何度も会っただろうか?たぶん、この作品の趣旨なら、岳志がどんな人物像でも、主人公は惹かれたかもしれないけれど・・・。そうじゃないから、なんとなく『三十路すぎの恋愛から遠ざかっていた女が、医者に強烈にアプローチされたら・・・しかも、それが禁断の関係なら、そりゃ、ねぇ・・・』と思ってしまう。ちょうど仕事もうまく言ってなかった時期だし。
二人にはほぼ痛みがなく、相手の妻や子に彼らの運命とやらのとばっちりを押し付けるのは、なんか解せない。
『アンタが許すべきだった』って、それこそ何にもしてないアナタが言う事か??
この場合の『死』は痛みではなく、逃げに見える。
『運命』と信じるのなら、時間をも凌駕し、何としてでも生き抜いて成就させてほしかった。
死んだら『運命の人』とやらにも重荷と孤独を与えるとは思わなかったのか?
自分の選択が過ちだと感じ、その清算をして真実の道に進みたかったのかもしれない。でも、その清算方法が家庭・子供を持つ(他者との人生に責任を持つ)男の方法としては、あまりに・・・。
なんか、焦る必要があった(病魔が巣食っていて、カウントダウンが始まっていたとか)ならわかるけど、(この10年が後悔だらけだったから)だけとなると、オイオイその選択をしたのはあんたでしょ。『養育費は払う』『思い通りにならないから死んでやる』は、ちょっと・・・。
また、作中の子どもを男との絆を象徴するために扱う女性たちの考えも・・・。そう言う人はいるだろうけど、これは悲しい。
愛・・・と言うのは、こんなに利己的なものなのだろうか?
与える愛という存在も世にはあると思う。
人は必ず過ち(選択ミス)をおす。でも、その過ちごとその人の人生になっていくんじゃないだろうか。
運命(直感)通りではなくても、自分が選び、間違えたその時間まで大切に抱えて行く事は『真実の人生』にはならないのか?
主人公と岳志のみにスポットを当てれば、酔いしれることが出来るだろう。
あまりにも視野の狭い、欲望と愛が混乱してしまう小説だった。