社会・個人・近代・美・恋愛・存在・自然・権利・自由・彼/彼女などの、西洋の概念を造語や従来の言葉を用いて翻訳しようとした明治人の苦悩が描かれている。この本が素晴らしいのは、先人の並々ならぬの努力が伝わってくることと、著者自身が膨大な資料にあたり実例を出しつつも断定を避け、謙虚にも「と私は考える」という姿勢を崩さないことだ。尊敬すべき研究者だと感じた。
「まえがき」において著者は次のように述べる。「日本の学問・思想の基本用語が、私たちの日常語と切り離されているというのは、不幸なことであった。・・・他面から見れば、翻訳語が日常語と切り離されているおかげで、近代以後、西洋文明の学問・思想などを、とにもかくにも急速に受け入れることができたのである」このような指摘を初めて目にしたが、まったく的確な指摘だと思う。
しかし何といっても面白かったのは「カセット効果」と著者が名づけているものである。「四角ばった文字」は、長い間の私たちの伝統で、むずかしそうな漢字には、よくは分からないが、何か重要な意味があるのだ、と読者の側で思い込むという効果である。中でも1890年に雑誌に掲載された「恋愛」の実例をあげ、「英雄を作り豪傑を作る恋愛よ。家を結び国家を固むる恋愛よ」をあげ、「いったこの人は『恋愛』を何のことと思っていたのだろうか」には噴き出した。感銘を受けると同時に楽しめる本書は、読者を魅了してやまない