本書の内容は、夏休みを迎えたばかりの少年のまえに、人語を解するネコのインサイトが現れ、両者のあいだで哲学的なダイアローグが交わされる、というものです。
筆致はとても親しみやすいもので、児童書のような一見読みやすい文章なのですが、本書で扱われている題材については哲学において伝統的な諸問題であるとともに、そこに日本の哲学界において稀有な独自性をもつ永井さんの、固有の視点が持ち込まれているので、読者にあっさりと通読させることのないような、難解な哲学書になっています。
それと同時に、本書は一種の文学作品としても読めるようにもなっています。たとえば終章でのインサイト(作者の分身でもある)のモノローグは、永井さん自身の、哲学者としての実存の告白にもなっていて、なんとも甘く切ない情感の漂うものとなっています。
また、主人公の一人である少年が、哲学的問題に関してようやく理解し始めたと実感した際に、実はインサイトと過ごした日々が、数日かと思いきや夏休み中すべてに及んでいたと気づくシーンがあるのですが、それはメタ的に解釈すれば、氏の「哲学者が哲学的問題を解明するのにどれほど時間がかかるのか、またそれは一生のうちに解決するだろうか」という苦悩を、文学的にさらけだしたものと考えることができて、本書はまったく憂鬱になるほどに美しい作品なのです。
そういう意味で、この本は哲学書としても文学書としても特別に優れた本ですので、是非ともたくさんの人に読んでいただきたいと心から思います。
とはいえ、哲学者のいだく哲学的問題は、ないし哲学者の苦悩というのは、氏がほかの著作においておっしゃっていたように、理解されがたいものであるかもしれません。
蛇足となってしまいますが、かつて私は本書を友人に貸したことがありました。しかし、「なにが問題とされているのか、そしてなにが感動的であるのかまったく解らない」と言われて、突き返された憶えがあります。私はそのときになにも言えず黙っているほかなく、哲学とは本質的にそういうものなのだろうか、と哀しく思いました。