西郷暗殺の非を世に鳴らし、時の太政官政府、というより大久保一派に対し
異を唱えるため、西郷隆盛を擁する鹿児島・私学校は決起します。その数およそ3万。
薩摩隼人の勇猛ぶりは上古から膾炙している如くです。
寄せ集めの平民から成る政府軍など、一溜まりもないとこの時期のだれもが、
薩摩軍の勝利を疑いませんでした。この西郷の挙兵が奏功し、
東京の太政官を陥れたら、その戦火は日本の津々浦々へ飛び火する・・・・。
と思われていました。
ただ、この挙兵に当たっての西郷のスタンスは陣頭に立つわけでもなく、
シンボルとしての役割のみであることです。これは不可解でしたね。
そのチグハグさは熊本における彼らの軍事行動にも如実に現れています。
戦略がなきに等しいので、統一した作戦行動をとれず、序盤こそ、
乃木希典の14連隊を屠りますが、高瀬の戦では本格的に敗退してしまいました。
当時の太政官の政治がいかに不評だったかリアルな余談で
司馬先生も浮き彫りにしてくれます。
しかし、これほど精強で戦略思想がない戦闘集団も珍しいかもしれません。
西郷も戊辰戦争の指揮ぶりとは別人のようです。
少なくとも、大久保・川路には国家像があって、方法論には
問題はありますが、時代をシフトさせる果断さは持っていたように思います。
次巻はいよいよ‘田原坂’のくだりです。