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義経は、童話や時代劇では悲劇のヒーローのイメージが強く、弁慶との出逢い、静御前との恋など、数多くの有名なエピソードで彩られているが、本書ではそうした人口に膾炙したエピソードをほとんど取り上げない。なんと、頼朝の追討を受けて京を逃げ出し衣川で自害するまでは、たった3行である。これにはおどろいた。
もちろん、人間を書いている。人間の泣き笑いを描いている。だから史書ではなくて紛れもなく小説である。しかし、情緒の捕らえ方が普通のふうではない。個々の人間の行動や考え方、価値観は、時代を離れては存在しない、という観点から出発している。
この物語の時代は、公家の世から武士の世に、に大きな舵が切られた時代である。このあと、徳川の世が終わるまで実に700年間、武士の世が続く。そういう大きな時代の転換があった。
だから、この物語は人間を描いてはいるが、その視点は、人間からみたものではなく、いわば時代がみた人間、である。
義経と頼朝を、時代からみると、また、この兄弟の悲劇への理解が深まる。義経は天才的な戦略家だったが、しかし、時代からみれば、ただの愚か者であった。頼朝は、この悍馬の如く荒れ狂う時代にしがみつき、必死で乗り切って武家の世を開いたが、義経は己が愚かさのために振り落とされてしまった。頼朝が義経と初めて対面したときの喜びは本物だったろう。しかし、頼朝には落馬しそうな義経を助けあげるだけの余裕がなかった。司馬はそういっているように思える。
頼朝が時代を乗りこなし、義経が振り落とされたことが決まったあと、それ以上の物語は単なる惰性でしかない。だから、3行だったのかも知れない。
ともあれ、司馬の書く義経は、やはり、司馬版としかいいようのない義経であった。
いつの世も、時代の気分から、人は逃れられるものではないのであろう。
考えさせられる。特に最後の文章は私たちに難しい問題を投げかけている。
小説自体は源平合戦を中心に詳細に書いてあり、最後まで飽きさせない。
上下巻を一気に読むことができた。
個人的には、義経が弁慶とともに東北へ逃れていく場面も司馬氏に
書いてもらいたかったが、源平の時代を司馬氏流の見方で眺めること
ができるのでお勧め。
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