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学生時代(もうン十年前か(笑)、音楽テープを入手して何百回と聴きました。正直最初はちっとも分からなかった。
道明寺という曲は玄人受けする曲で、中々義太夫節初心者にはなじみにくいものがあります。
しかし一度この曲の魅力に触れることができれば、その美しさは二度と忘れることはないでしょう。紛れもなく全義太夫浄瑠璃中屈指の名曲です。
そして山城少掾はこの曲を最も得意にしていました。
いや、得意にしていたというより、山城少掾の大夫としての特質がこの曲に全く適合していたというべきでしょう。山城少掾の芸と曲の力があいまって、この上のない浄瑠璃になっています。
息遣いや間の良さは言うに及ばず、何より音遣いの巧みさ。
覚寿の「初孫を見るまでは」で始まる詞から「種々因縁而求仏道南無阿弥陀仏」という声明までの件は、未だに聴くたびに涙してしまいます。
山城少掾には確か「義太夫節は声曲ではない。音曲である」との発言があったと記憶してますが、なるほどと思います。
義太夫節は音で聴かせるもの。そして音でここまでの表現が可能なのです。
若い人はこのCDを繰り返し聴いてほしい。
正直二遍や三遍聴いたくらいじゃ分からんでしょう(笑。
しかし十遍二十遍と聴き込めば、きっとこの曲の、山城少掾の浄瑠璃の魅力が見えてきます。その時はこのCDはあなたの一生の財産になります。
なお、言わずもがなのことを言いますが、これCD1枚に入るでしょう。
元の音源を再編集する手間を省きたかったんでしょう、リリースしてくれたことに感謝こそすれ文句を言う気持ちはないんですが、むしろ1枚にして一人でもいい出来るだけ多くの人に手にとってほしかった。
最近は、それぞれの弟子に当たる豊竹十九大夫・鶴澤清治で公演されるばかりですが、雰囲気も調子のとり方もかなり異なることがわかります。山城が清六と喧嘩別れしたのは、段切の三味線が丞相の歩み(心情)より先に行き過ぎたことを批判したことが原因だそうですが(渡辺保の名著等に詳しい)、この段切を聞くと心を残す丞相の思いを十分に感じることができます。
とにかく、義太夫好きは必携です。他の音源もどんどん復刻して下さいよ。コロンビア、ビクター、キング、クラウンさん。
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