作者の得意とするポップでエンターテインメント志向のある数々の仕掛けにクスリとしながらリズムよく読み進めていくうちに自然と作品に入り込んでいける。
過去の作品(映画版・テレビ版)を見たことのある人には知られてしまっているストーリィだが、同じ人間がいないように、それぞれの『美女缶』には違ったドラマが詰まっている。
そして3個目の『美女缶』は最も切ない。文章によって静かにじっくりと掘り下げていく時間があるからだ。
ここに映像作品を文字にした意味と功績があると思う。
映像作家を本業とする作者の絵コンテのような文章と計算されたストーリィ展開。
『美女缶』の結末を知っている人はその過程を丹念に追いながら過去の作品との違いを読み解き、『美女缶』に初めて触れる人は作者の仕掛けた周到なプロットに身を委ね『もしもこんな缶詰があったら?』という錯覚を楽しんでみてはどうだろうか。