美人とは何か?そしてなぜ僕らは、自他問わず顔の美醜にこうも精神をとらわれているのか。そんな日常的かつラディカルな問いに、作家の中村うさぎ嬢が挑む。
顔の美醜の問題である以上、うさぎ嬢自身が施した顔の整形に触れていないわけがない。彼女が整形に踏み切ったその理由は、もちろん美しくなるためでもあるが、それと同時に「自分の顔に責任」を持つということにあったらしい。
僕らは普段、自分の意志と関係なく勝手についているマスクのはずの、その自分の顔を顔として評価され、時に好悪までも評価される。それは考えてみれば理不尽なことだ。
顔にメスを入れる、人工的な変化を加えると言うことは、それをより美しく整えるということであるともに、「自分好みの顔にする」ということであると、うさぎ嬢は説く。自分好みの顔にした以上、それは他人からの評価から逃れられることができる。
その顔でいることは、「私の勝手」なのだから。
その他にも、淡々と彼女の実直な言葉で綴られる興味深い論考が並ぶ。
なおこの文庫版には、うさぎ嬢と豪華ゲストとの対談がなんと二つも増補されている。一本目は、かの「もてない男」小谷野敦とのそれ。もう一本は本文中でも「ブス神」とあがめられているマツコ・デラックス、エスムラルダのご両人とのそれ。
小谷野読者でもある僕からすれば、前者のタバコをくゆらす「もてない男」と「もてない女」対談に俄然期待が募ったのだが、残念ながらいまいちかみ合っていない。というのも、うさぎ嬢がもてないのは「自分の容姿」が不遇だからだとは思わないのか?と何度執拗に訊ねても、小谷野氏は首を立てに振らないのだ。彼は容姿ではなく、スポーツ音痴などが自分のもてない原因だったと考えているそうだ。本人がそう考えているのだから、それがこの本の意図に沿わなかったのは仕方のないことなのではあるが…。