岡本太郎のいう「美」は、単に原色のハーモニーや、精密さや、非現実的さ、不思議さ、といった表層的な物ではなく、言い切ってしまえば「美しくある」必要すらないそうである。彼に言わせると表現すべくは、過剰な生命力のようなもので、それを線や色を媒介に叩きつければいいそうなのだ。彼はそういう行為を「爆発」と表現する。それは火薬が爆発するような稚拙な爆発ではなく、彼にとってそれは、火山の噴火のような、初夏の入道雲の膨張のような、そして銀河の星々の大爆発のような異様な力学の運行のようなものなのだそうである。
彼の美術感には本来だったら美術が関与しないような物が、平気で入り込んでくる。それは文化人類学だったり、宗教だったり、哲学だったり、戦争だったり。もう芸術は全てを包む春巻きの皮みたいな物なのだ。本書で彼は「ツァラトゥストラ」を語り、カミュを語り、そして原始の神々を語り、曼荼羅を語りと、おいおいおい、これホントは何について語った本なんだよ?ききたくなるほど、自由気ままに例の爆発的エネルギーで話を進めていく。
んがしかし、TVなどに映っている時の岡本太郎よりはずっとインテリな綿密に計画された語り口なのには、ちょっとビックリしてしまう。1つ1つの文のセンテンスもものすごい詩的だし、文法的にも美しいし。なんだやっぱ確信犯だったんだ。