久しぶりにBLを読みたくなり、評判の良さでこの作品を選びました。
物語の内容や登場人物については他の方が書かれてらっしゃるので割合しますが、
上下全体を通しての印象としては、読みながら感動したというよりも、読了して暫く経ってからじわりじわりと気持ちが湧き上がってくるような・・・
とても丁寧に描いた作品だと思います。
・・・ここからは、あくまで私の場合は・・・なのですが
どこまでも寛末が、松岡が「男だから」ということにこだわったことや、寛末の戸惑いと、女性だった松岡への幻想を引きずってしまう部分が判る気がします。
女性として心底好きになった人が、本当の姿もましてや性別も違かった・・・というのはリアルな生活でも、なかなか受け入れることはできないことだと思うのです。
それを「どんな姿でも」大丈夫、という括りへ加えるのは意味合いが違うな、と感じました。
性別というものはすごく大きな壁で、それを壊すのも、寛末のような常識というものに守られて(というより守られようとして)いるような性格の人には、理解しがたいことだし、戸惑いも生まれます。
その彼の気持ちを"松岡自身"に向けさせるのには、上下通してこのくらいの気持ちのぐらつき(自分でも判らないけれど気になるという・・・)や、時間の長さが必要だったと思います。
(あとがきでも書かれていますが、寛末のような人って、実際沢山いると思います・・・)
寛末の優柔不断で、善人のようで無責任な男のお陰で、振り回され続けた松岡には同情しますが、
松岡にも「隙」があり、その隙が2人をハッピーエンドまで引っ張ってくれたのだと思います。
(個人的には、寛末の人身事故の後遺症という感情の絡みをもう少しみたかったです。さらりと流されていたので・・・)
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最後に、これは本文とは関係ないのですが、「小冊子」のシステムには疑問を感じました。
(この本だけの問題ではなく、BL全体にもいえると思います。数年ぶりにBLに戻って来て、このシステムが普通となっている状態にかなり戸惑いを感じました・・・)
現時点で本書の小冊子の申込み期限は既に過ぎており、これから読もうという人や、木原作品を好きになり始めたの人には、とても親切とはいえないシステムだと思います。
この作品が好きなった読者は誰だって、続きが読みたくなるのは当たり前です。
それを「この時だけ」という期限付なのは酷です。
(しかも最終ページに小冊子の申込書が印刷されているので、否応にもこの存在に気づいてしまい、余計に読みたくなる人もいるでしょう・・・私もその1人です)
こういったものは、巻末での「書き下ろし」として扱うことが、ファンや読者への気配りだと思うのですが・・・。