北海道の山間部は人が踏み入れない地も多く、ありのままの自然を渓流釣りや
登山で楽しむ者も多い。しかし不幸にも羆と一度でも遭遇してしまうと、とたんに山に
入るのをやめてしまうという。それくらい羆と出会う衝撃は大きい。その迫力や威圧感は、
経験した者以外には到底推し量ることはできない。現代人が滅多に感じることのない
現実的な"死の恐怖"を味わった者は、人生観すら変わってしまうと聞く。
大正四年(1915年)、その惨劇は現苫前町で起きた。死者六名、重傷者三名。日本
最悪の獣害事件である。被害のあった六線沢を地図で確認してみると、驚くほどの
山奥である。百年前はこのようなところにも人の生活があったのだと感慨深いものが
ある。実に恐い小説であるが、筆致は淡々としており、それが却って恐怖を高める
効果を生んでいる。この事件の事前知識はなかったため、読み進めながら、いつ羆が
出てくるかと気が気でなく、映画「ジョーズ」のような恐怖感を味わうことになった。
北海道の開拓史は生きることの厳しさをいつも我々に教えてくれる。そこには必死に
生きる我々の先祖たちがいる。北海道に生まれ育った者として、私は学校で学ぶ
歴史よりも生きた"歴史"を感じるのだ。現代人が忘れてしまった何がそこにはある。
昭和52年に発刊された本書は、二年後にラジオドラマになり、その脚本を担当した
倉本聰氏が「解説にかえて」を書いており、六線沢の当時の状況などに触れている。
ラジオドラマはネットで聴取することができる。興味のある方は聴いてみるといいだろう。