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たしかに歴史を紐解いてみても、ナポレオンのみならず、三国志の曹操や日本の織田信長の例もあるように、既成の概念を打ち破る人間とは、とかく他人の血を流すことを躊躇いません。これら負の英雄像を、チャップリンが映画「殺人狂時代」において、「ひとり殺せば悪党で、100万人だと英雄だ」と大いに皮肉ったことはあまりに有名です。
主人公は、第一の殺人でいきなり精神的な行き詰まりに陥り、「英雄」となる前に平凡な「悪党」で終わることを恐れ、苦しむ。本書の大部分はこの非凡と平凡の狭間で揺れる主人公の心の葛藤で構成されています。
この物語をいかに捉えるかは、読み手によって千差万別でしょう。私はシンプルに「愛の物語」と捉えています。
なぜなら、上記の理論は彼を支える信念であっても、殺人の動機ではないと考えるからです。生活に苦しむ自分のため、富豪との愛のない結婚へ望もうとしている(と主人公は思い込んでいる)妹への愛。そして無力な自己への怒り。それらが相まって彼を殺人へ駆り立てたのではないでしょうか。しかし、平凡な人間に殺人は大事業です。それを完遂するための心の拠り所として、かの英雄論が浮かび上がってくるのです。が、すべからく英雄とは唯一無二のもの。他者を模範に英雄たらんと望む時点で、すでに彼は英雄の資格を失っており、自己の空想の中での「聖」の立場から、現実としての「俗」へ転落します。
そんな敗者を救うのが、薄幸の娼婦という「俗」の象徴たるソーニャからの一点の曇りもない愛である、という点こそ、この物語の妙でしょう。主人公とソーニャだけではありません。帝政ロシア時代の輝ける首都サンクトペテルブルクは陰惨で気だるい空気に包まれ、その反面、最後の舞台であるシベリアの流刑地は、陽光の眩しい、さながら楽園のような場所。「聖」も「俗」も人間が作り出したものある以上、人間の意志ひとつでどちらにでも転じてしまえることを、この作品から強く感じることができます。
多少取っ付きにくい文体ではありますが、読めば必ず得るもののある一冊です。
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