石山本願寺は、時の権力者から蔑まれる立場にあった草の根の民衆が
経済力を蓄積し、信仰の下に結託し築き上げた信徒自治組織の総本山であった。
その権益を狙う織田信長と、戦国大名さながらに粘り強く渡り合い、
周辺の敵対大名と共同し、鉄砲を活用して激闘を繰り広げ、朝廷をも動かした。
そうした攻防や交渉が克明に辿られている。
宗教的権威のみならず破門や生害を振りかざして助力を強要したり、
宗主の内室が伝統的に実権を掌握し有力戦国大名とも姻戚関係にあった点など、
おおよそ「寺」とかけ離れた、生臭い現実も浮かび上がる。
周囲を敵に囲まれ窮地に陥った信長が譲歩して和を請うさまや、
信長と本願寺の間で揺れ動く足利義昭の哀れな様子も、歴史の実情に近い人物像の理解に役立つ。
古文書の引用が解読しづらいのと、地名の位置関係を把握しづらい
(関係地図などの掲載がない)のが気になったが、
信長と石山本願寺の十年戦争の通史として簡潔にまとまっている。