織田信長の嫡男・織田信忠の十代後半から本能寺の変・二条御所での最期までを追った小説「織田信忠」。副題に「父は信長」とある通り、偉大且つ奇矯な父を理解し、支えようとする信忠の苦悩を中心に描かれています。
「父上はたった独りで高いところにおられる。
俺は少しでも父上に近づきたい、父上をお支えしたいと思ってきたが、父上は遠くに行ってしまわれるばかりだ」
天下統一が近づくにつれて孤独を深める父との距離は広がる一方ですが、若い信忠にはどうすることも出来ません。
「父上は天を翔け、そしてわしは地を走る、誰よりも早く走れるように…」
と帯にある通り、彼も精一杯走っているのですが、何しろ父は空を飛んでいるので、どんなに走っても追いつけない訳です。彼は焦燥に駆られていますが、武田征伐帰途の信長の上機嫌ぶりから、自分が懸命に走っていることを父は評価していることを知ります。
「わしは父には不肖の息子だが、それでも懸命に走り続けよう」
そう決意してささやかな自負心を持ったところで、本能寺の変に突入。
茶会で得意の絶頂にある父に会い、夜分遅く自分の宿所で就寝した後異変を知りますが、手勢のない信長は防戦の末、火中で自刃したとのこと。信忠は、
「父上の護衛を怠り、お独りで死なせてしまった。父上は、どんなにかご無念だっただろう。
このような不肖の息子は、死んで報いを受けるべきなのだ」
と明智光秀に最期の闘いを挑みます。この辺りの信忠の思考は不明ですが、
「信長の天下(構想)は信長だけの見ていたもので、自分には実現出来ない」
という諦念かも知れません。
個人的には、荒木攻めで功を焦る信忠に明智光秀が回りくどい助言をするくだりが印象的で、実際の光秀もこんな感じで、簡潔を求める信長に疎んじられたのではないかと思わせます。
本書の光秀は信忠と波長が合い、投降すればおそらく助命したと思いますが、信忠は死の決意をしており叶わず。
孤独で偉大な父に殉じた青年の、劣等感と葛藤の物語でした。