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色々と文句を言いたいところはあるのだが、その中で一つだけ。
著者は、最近の若者に吃音・赤面恐怖症が無いのは、社会との遠近感が崩れているため、と主張する。果たして、吃音・赤面恐怖症と社会との遠近感に関係があるのだろうか? そして、別のところでは、「最近の若者は、鉛筆や箸を正しく持てない」と嘆いている。
私は左利きなのだが、左利きを矯正することによって吃音などになる人が多く出ることは良く知られている。私自身、その矯正によって生じた吃音に苦しんだ経験がある。日本語というのは、右利き用にできており、そのための「正しい」持ち方によって、私は吃音になったのである。仮に右利きであっても、「正しい持ち方」に矯正されることで、吃音などになっている人もいたのではなかろうか?
もし、著者の言うように、日本人が皆、右手で「正しい」持ち方をするようになって、多くの人々が吃音などに苦しむようなる、ということが良いことなのだろうか?
著者は、大喜びしそうだが。
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