数々の芸能人の書籍をヒットさせた後に独立し、周囲から絶対に失敗すると言われた幻冬舎を軌道に乗せ現在に至る名物編集者、見城徹のエッセイ集。
のっけから仰々しい。序章「悲惨の港を目指して」にて長々と自分の生い立ちを語ったあと、さらに現役であるうちは自分名義の本を出さないというポリシーを破って今回出版に至った経緯をこれまた長々と情感たっぷりに綴る。しかし本編に入ってみればなんのことはない。今まで各媒体に寄稿してきた文章や受けたインタビューをまとめたアンソロジーに過ぎないのだ。それをそこまで大げさに書くことか。だが今思うとここだけじゃない。この本は徹頭徹尾大げさなのだ。
350ページあるが、実は第三章の最後にくる「見城徹の編集作法」が全体のまとめのようになっていて、おっさんの暑苦しい懐古は正直あんまり読みたくねーという読者は、この小節だけ読めば大筋は理解できてしまう。
過去に別々の媒体に書き連ねたものであるためか、重複する内容が多い。それだけに興味深いことに気付く。実は同じエピソードを書いているのに、その都度ディティールが異なっている箇所があるのだ。特に文芸畑へ行くきっかけになった高橋三千綱との出会いはヒドい。三パターンくらいある。これは現実が一つではないというポストモダンを体現していると弁護したいところだが、おそらくはどれかが脚色であるというのが妥当な判断だろう。
振り返ってみると、自分はいつまでも反体制側の孤独な少数派で、理解してくれる者は少ないという彼のこの独善的なセルフイメージは、典型的な団塊の世代のそれと重なる。あの世代の人って、大げさに話すのである。
ただ、顰蹙を買いあさりながら彼が挙げてきた販売部数という数字だけは嘘でなく、その点でやはり彼はすごい編集者ということになるのだろう。たとえ郷ひろみの『ダディ』が、唐沢寿明の『ふたり』が、今や各地のブックオフで山積みになっていようとも。。。