著者は理工学系の出身であり、先端技術を扱うエンジニアと近いルーツを持っていて、いまは環境を重視した木製品を事業にしている会社の経営者だ。エンジニアのメンタリティを持った上での、震災後の環境を語る言葉にはバランス感覚がある。
昔は、日本人の優秀な若者の多くが、原子力はじめ先端科学技術やそれを応用した工業などに多く進んだと書いてある。今は森林の科学分野へ優秀な人材をどんどん送り込むべきだと語っている。
それを読んでいて、思ったことがある。ここ15年ぐらいは、拝金主義がはびこり、優秀な人材は金融や証券をはじめとする非製造の世界へ偏って進んでいった気がする。だから、若くて優秀な人材が手薄になった原発の現場は、事故を防ぐことができなかったのかもしれない。原発は嫌われ者になった。ますます優秀な人は行かなくなるかもしれない。そういうリスクを考えた上でも早く手仕舞いするべきなのかもしれない。
独特の稲本節には、「緑」に対する哲学が見え隠れする。葉っぱはなぜ緑色なのだろうという彼の見解は素晴らしい。これからの日本を考える上で必要な、ある種の「優しさ」がある。日本は、特に都市化に浸っている人々は、他者との共有、他者との共存ということをどこかに置き去りにしてきたが、葉っぱの話は、その失ったものを思い出させてくれる。