「歴史は多元である」というのは、大学時代の恩師の言葉だが、この本の感想は、まさにこの言葉がぴったり来る。
歴史というものは、当事者の立場や主義主張によって、これほどまでに異なる側面を見せるのだろうか。
今まで映画や小説でナチス・ドイツはホロコーストなどから、悪の権化のような描かれ方をして来たが、その裏にはこのように複雑な当時の欧州の情勢があったということを、私は全く知らなかった。
なぜ、ナチスはユダヤ人をああも迫害したのだろう・・・??
キリストを十字架に架けたから?
自らの祖国を持たない流浪の民だから?
その程度の認識しかなかった。
こうした誤った認識はもしかしたら、四方を海に囲まれ、一度も(鎌倉時代の元寇を別とすれば) 他国の侵略を受けたことのない日本人には、ごく標準的なものなのかもしれない。
本当の意味での他国の蹂躙を受けたことのない日本人には、イデオロギーや人種で数百年に渡って、血で血を洗う争いを繰り返して来た中で培われた当時の欧州の情勢は、想像を絶するものがある。
登場人物たちそれぞれの、憎悪や悲哀は、幾度も先を読むのを躊躇わせた。彼らの少年時代が光り輝くものであったがゆえに、その未来は哀しい。
確かに、ナチスは裁かれて当然の行いをした。
しかしでは戦勝国側に,一篇の罪もないのだろうか?
彼らは真の意味での、抑圧された民衆の解放者だったのだろうか・・・?
このことは欧州だけの問題ではなく、日本人として、私たち自身も避けては通れない問題である。
あの大戦で、日本は周辺諸国に多大な犠牲を強いた。そして自身も大きく傷ついた。
だが、そのことに戦後、私たち日本人は、本気で向き合って来ただろうか?
ドイツはベルリンの壁によって国を分断されていたから、否応なく戦後ナチスの不の遺産と正面きって向き合ってきたが、日本人は経済発展に目を逸らしてはいなかっただろうか・・・。
哀切としか表現できない物語であるがその中で、唯一の救いは、主人公の一人であるカールの言った、「部下の罪は自分の罪だ」という内容の発言。
あれほどの地獄を体験しながら尚、高らかにそう宣言できる彼の気高さは、涙なくしては読むことが出来ない。
彼には、ヘルマンという憧憬の対象と、エルウィンという真の戦友たる存在があったから、戦勝国側の不当な刑罰も甘んじて受け入れることが出来たのかもしれないが、その最期が清冽であればあるほど、歴史の不条理が際立つ。